コーヒーショップで『エチオピア モカ』を見かけたことはありませんか?
実は『モカ』という名前には、意外な歴史が隠されています。
さらに驚くべきことに、エチオピアには6,000~15,000種ものコーヒー品種が存在し、これは世界のコーヒー生産国の中でも圧倒的な数です。
本記事では、なぜエチオピアコーヒーが世界中で愛されるのか、その秘密を初心者の方にもわかりやすく解説します。

エチオピアコーヒーの基本情報

エチオピアは、アフリカ大陸の東部に位置する内陸国です。
実は、世界で飲まれているコーヒーの原産地として知られ、『コーヒー発祥の地』と呼ばれています。

世界での位置づけと生産量

エチオピアのコーヒー生産量は、世界第5位(アフリカでは第1位)。
年間約40万トンを生産していますが、興味深いことに、その約50%は国内で消費されています。
これは他のコーヒー生産国と比べて非常に高い割合です。

コーヒーはエチオピア経済の要であり、輸出収入の約30%を占め、1,500万人以上の人々がコーヒー産業に関わって生活しています。

主要な栽培地域

エチオピアのコーヒーは、主に標高1,400~2,200メートルの高地で栽培されています。
主要な生産地域は以下の3つに分けられます。

  • 南部地域:イルガチェフェ、シダモ、グジなど(最高品質の産地)通常リスト
  • 東部地域:ハラー(野性的な風味で有名)
  • 西部地域:ジンマ、リム、カッファ(コーヒーの語源となった地域)

基本的な味の特徴

エチオピアコーヒーの最大の特徴は、その『華やかさ』です。
初めて飲む方は、『これがコーヒー?』と驚かれることも多いでしょう。

一般的な特徴

  • フルーティーな香り(ベリー系、柑橘系)
  • 花のような華やかな香り
  • 明るい酸味通常リスト
  • 紅茶のような繊細さ

ブラジルやコロンビアのコーヒーと比べると、チョコレートやナッツのような香ばしさよりも、果実や花の香りが際立つのがエチオピアコーヒーの特徴です。

『モカ』という名前の由来

コーヒーショップでよく見かける『モカ』。
実は、この名前にはエチオピアとイエメンにまたがる興味深い歴史があります。

モカ港とコーヒー貿易の歴史

15~17世紀、エチオピアで生産されたコーヒーは、陸路で紅海を渡り、対岸のイエメンへ運ばれていました。
そして、イエメンの『モカ港』からヨーロッパへ輸出されていたのです。

当時のヨーロッパの人々は、このルートで運ばれてきたコーヒーを港の名前から『モカコーヒー』と呼ぶようになりました。
つまり、『モカ』は品種の名前ではなく、輸出港の名前だったのです。

現在の『モカ』の使い分け

現在では、以下のような使い分けがされています。

名称 産地 特徴
エチオピアモカ エチオピア産 フルーティーで華やか
イエメンモカ(モカマタリ) イエメン産 ワインのような深い味わい
モカジャバ ブレンド エチオピア/イエメン+ジャワ島

日本での人気の理由

日本では、1970年代から『モカ』の名前でエチオピアコーヒーが親しまれてきました。
その理由

  • 飲みやすさ:苦味が少なく、紅茶のような感覚で楽しめる
  • 香りの良さ:日本人好みの繊細で華やかな香り
  • 名前の響き:『モカ』という響きが親しみやすい

特に、浅煎りから中煎りで楽しむと、エチオピアモカ特有の華やかな香りを最大限に楽しめます。

エチオピアの主要産地と味の違い

エチオピアの各産地は、それぞれ独特の風味を持っています。
ワインでいう『テロワール』のように、土地の個性がコーヒーの味に現れるのです。

南部エチオピア – 最高品質の宝庫

イルガチェフェ(Yirgacheffe)

世界中のコーヒー愛好家が憧れる、エチオピアの宝石のような産地です。

  • 標高:1,700~2,200m
  • 味の特徴:レモンティーのような爽やかさ、ジャスミンの香り
  • おすすめ:初めてエチオピアコーヒーを飲む方に最適

シダモ(Sidamo)

イルガチェフェを含む広大な地域で、バランスの取れた味わいが特徴です。

  • 標高:1,400~2,200m
  • 味の特徴:ワインのような豊かさ、チョコレートの甘み
  • おすすめ:しっかりとした味わいを求める方に

グジ(Guji)

近年注目を集める『秘境』と呼ばれる産地です。

  • 標高:2,000m以上
  • 味の特徴:ベリー系の強い果実味、シロップのような甘さ
  • おすすめ:個性的な味を探している方に

東部・西部エチオピアの個性派

ハラー(Harrar)- 東部

乾燥した気候が生み出す、野性的な風味が特徴です。

  • 精製方法:主にナチュラル(天日干し)
  • 味の特徴:ブルーベリー、ワイン、スパイシーな後味
  • おすすめ:濃厚な味わいが好きな方に

リム(Limu)・ジンマ(Jimma)- 西部

研究所もあるコーヒー研究の中心地です。

  • 精製方法:主にウォッシュド(水洗式)
  • 味の特徴:クリーンで明るい、ハーブのニュアンス
  • おすすめ:すっきりとした味わいを求める方に

産地別味わい早見表

産地 香り 酸味 ボディ 特徴的な風味
イルガチェフェ 花・柑橘 明るい 軽い レモンティー、ジャスミン
シダモ フルーツ・チョコ バランス 中程度 ワイン、キャラメル
グジ ベリー系 鮮明 重め ブラックベリー、シロップ
ハラー ワイン・スパイス 穏やか 重い ブルーベリー、モカフレーバー
リム/ジンマ ハーブ・柑橘 クリーン 軽~中 フローラル、シトラス

6,000~15,000種の在来種の秘密

『エチオピアコーヒーは在来種』という説明を聞いたことがあるかもしれません。
しかし、実際はもっと驚くべき事実があります。

なぜエチオピアだけこんなに品種が多いのか

2024年の最新ゲノム研究が、エチオピアコーヒーの驚異的な多様性の理由を科学的に証明しました。

60万年の進化の歴史

バッファロー大学の研究チームによると、コーヒーアラビカ種は60万年以上前にエチオピアの森で誕生しました。
これは現生人類(ホモ・サピエンス)が登場する遥か前の出来事です。

つまり、エチオピアでは何十万年もの間、コーヒーの木が自然に交配を繰り返してきたのです。

他の国との比較で見える真実

地域 品種の数 進化の時間
エチオピア 6,000~15,000種(推定) 60万年の進化の蓄積
中南米の主要生産国 数種類~数十種類 18世紀以降の導入(約300年)
アジアの生産国 数種類~数十種類 17~19世紀の導入(約200~400年)

この差は単なる数字の違いではありません。
エチオピアは文字通り『コーヒーの遺伝子銀行』なのです。

進化の証人たち

研究によれば、エチオピアのコーヒーは以下の激動の時代を生き抜いてきました。

  • 4万~7万年前:長期の干ばつと寒冷化(個体数激減)
  • 1万5000年前:アフリカ湿潤期(個体数回復)
  • 3万年前:野生種と栽培種の祖先が分岐

それぞれの気候変動期に、生き残った個体が新たな環境に適応し、独自の特性を獲得していきました。これが現在の驚異的な多様性につながっているのです。

『エアルーム(Heirloom)』の本当の意味

エチオピアコーヒーのパッケージで『Heirloom』という表記を見たことはありませんか?
これは『家宝』という意味で、50年以上、場合によっては100年以上前から、その土地に根付いているコーヒーの総称です。
なぜ個別の品種名ではなく『エアルーム』とまとめて呼ばれるのか?

  • あまりにも種類が多い:6,000種以上を個別に識別するのは現実的に不可能
  • 小規模農家の現実:平均0.5ヘクタールの農地で、複数の品種が混在して栽培
  • 流通の構造:小規模農家→集荷場→精製所という流れで、品種が混ざってしまう

エアルームから近代品種への挑戦

しかし、エチオピアも現代のコーヒー産業の課題に直面しています。
1960年代、コーヒーベリー病(CBD)の壊滅的な流行により、多くの農園が大打撃を受けました。
この危機が、エチオピアのコーヒー研究の転換点となりました。

JARCの誕生と番号品種の開発

ジンマ農業研究センター(JARC)は1960年代のコーヒーベリー病の流行を受けて設立され、病害虫耐性と高収量を目指した品種改良を開始しました。
興味深いことに、これらの品種は伝統的な地名ではなく、番号で呼ばれます。

  • 74110、74112:1974年にメトゥ地域のビシャリ村の『母樹』から選抜され、1979年に正式リリース
  • 74158:リンゴのような風味、しっかりとしたボディ
  • 75227:高地向けに開発された品種

なぜ番号なのか?農家にとっての意味

番号の最初の2桁(74、75など)は選抜・カタログ化された年を示します。
これは科学的管理の証であり、各品種の来歴と特性を正確に記録するためのシステムです。
重要な点として ・・・

  • これらは『ハイブリッド』ではなく『選抜種』
  • エチオピアの野生種から病害虫耐性の高い個体を選び出したもの
  • 正しい地域に植えれば、優れたカップクオリティを発揮

商品としての番号品種

実際のコーヒー市場では、これらの番号品種は単独で販売されることは稀です。

  1. 農家の現実:小規模農家は複数の品種を混植することが一般的
  2. 地域名での流通:消費者には『イルガチェフェ』『シダモ』などの地域名で販売
  3. ブレンドの一部:『Landrace varieties and JARC 74110, 74112』のように在来種と混合

しかし、近年は『74110 & 74112』のように品種を明記する高品質ロットも登場しています。
これは、JARC品種の品質が認められ始めた証拠といえるでしょう。

伝統と革新のバランス

JARCは40品種以上を開発していますが、エチオピアのコーヒー産業は単純な近代化を目指していません。
近年では、在来種とJARC選抜種を組み合わせて、両者の長所を活かした新品種の開発も進んでいます。

この挑戦は、6,000種以上の遺伝的宝庫を守りながら、気候変動や病害虫に対応し、農家の生計を向上させるという、エチオピアコーヒーの未来への道筋を示しています。

エチオピアのコーヒー文化とセレモニー

エチオピアでは、コーヒーは単なる飲み物ではなく、生活の中心にある大切な文化です。
『ブンナ・セレモニー』と呼ばれる伝統的な作法があり、日本の茶道のように客人をもてなす精神性を持っています。

このセレモニーでは、生豆を煎るところから始め、3杯のコーヒーを飲むまで
1~2時間もかけて行われます。エチオピアには『Bunna dabo naw』(コーヒーは我々にとってパンである)ということわざもあり、いかにコーヒーが重要な存在かがわかります。

エチオピアのコーヒーセレモニーについて詳しく見る

驚きのコーヒー文化

エチオピアには、他の国では考えられないようなユニークなコーヒー文化があります。

コーヒーでプロポーズ!

エチオピア西南部の一部では、青年の父親が夜中に相手の家にコーヒー生豆を置いてくることが『プロポーズの証』。
翌朝、その豆でコーヒーを淹れて、結婚の交渉が始まります。

塩を入れて飲む

古くからの習慣として、コーヒーに塩を入れて飲むことがあります。
エチオピアコーヒーの酸味が、塩によって中和されてバランスが良くなるのだとか。

バターコーヒーの元祖

一部の地域では、コーヒーにバターを入れて飲む習慣も。
最近話題の『バターコーヒー』の原型かもしれません。

日本市場とエチオピアコーヒーの歴史

1930年の修好通商条約 – 親日国エチオピア

エチオピアと日本の関係には、意外なほど長い歴史があります。
1930年11月、両国の間で修好通商条約が締結されました。
この条約締結の背景には、世界史的に興味深い共通体験がありました。
1896年のアドワの戦いでエチオピアがイタリアを破り、1905年の日露戦争で日本がロシアを破った。
両国とも『有色人種が白人を破った』という共通体験を持っていたのです。
この歴史的な出来事は、当時の世界で大きな反響を呼び、アジアとアフリカの民族独立運動に影響を与えました。
さらに、当時のエチオピア帝国と日本の皇室は世界最古級の皇室であり、君主間の連帯感もあったとされています。
1931年7月、ハイレ・セラシエ1世はエチオピア初の成文憲法を大日本帝国憲法を範にして制定しました。
これは、近代化に成功した日本をモデルとして、エチオピアも国家の近代化を目指していたことを示しています。

戦前の日本とエチオピアの貿易

修好通商条約締結後、両国の貿易は急速に発展しました。
エチオピアの対日輸出品の9割は皮革とコーヒー、日本からの輸入品の5割は綿製品で、1933年にはエチオピアにおける日本製品の市場占有率は70%に達した。
この時期から、日本では『モカ』の名前が高級コーヒーとして広く知られるようになりました。
エチオピアから輸出される高品質なモカコーヒーは、日本の上流階級を中心に愛飲されていたのです。
しかし、この友好的な貿易関係は長くは続きませんでした。
1934年に皇太子と日本の黒田広志子爵の次女雅子との縁談があったが、エチオピアを狙うムッソリーニの干渉により破談になった。
その後、第二次エチオピア戦争、そして第二次世界大戦により、両国の関係は一時中断することになります。

1956年の皇帝来日と日本庭園

戦後、両国の関係は新たな展開を迎えます。
1956年11月、ハイレ・セラシエ1世は戦後初めて日本を訪れた国家元首の国賓となりました。
昭和天皇自らが羽田空港に出迎えられるという、異例の歓迎を受けました。
皇帝は12日間の滞在中、東京、日光、名古屋、京都、奈良、大阪を訪問し、日本の経済発展と文化的伝統の両方に深い関心を示しました。
特に日本庭園の美しさに魅せられ、帰国後、自らの宮殿にぜひその美を再現したいと考えたのです。
そして1958年から1963年まで、静岡県の農業試験場に勤めていた橋本陞氏がエチオピアに招聘され、アディスアベバの大統領宮殿内に日本庭園と茶室を造営しました。
この日本庭園は、両国の友好の象徴として、現在も保存されています(現在は修復作業が進められています)。
興味深いことに、1960年11月、造営中の日本庭園を当時の皇太子殿下・妃殿下(現在の上皇陛下・上皇后陛下)が訪問され、その際にマラソンのアベベ選手を訪ね、4年後の東京五輪への出場を要請されたという逸話も残されています。

日本のモカコーヒー文化の発展

戦後の日本では、『モカ』は喫茶店文化の中心的存在となりました。
昭和の喫茶店において、モカは『トラジャ』『ブルマン』『キリマン』と並んで4大銘柄の一つとして親しまれました。
当時の特徴として ・・・

  • 深煎りのモカコーヒーが主流(浅煎り文化はまだ存在しなかった)
  • 苦味の中に甘みと花のような香りを感じられる稀有な豆として評価
  • 『コーヒールンバ』の歌詞にも『モカマタリ』が登場し、一般にも浸透

深煎りにしても個性が残るモカの特性は、日本人の味覚に合い、『カフェモカ』(モカの甘さをチョコレートで再現した飲み物)の名前の由来にもなりました。

2008年の残留農薬問題とその影響

日本とエチオピアのコーヒー貿易に大きな影響を与えた出来事が、2008年の残留農薬問題でした。
2008年5月、エチオピア産コーヒーから基準値を超える農薬成分が検出され、日本政府がポジティブリスト制度により輸入を規制しました。
問題の本質は意外なところにありました。
エチオピアのコーヒーはほとんどが無農薬栽培でしたが、使い回しの麻袋が汚染されていたことが原因と判明したのです。
実際の健康への影響はほとんどないレベルでしたが、当時エチオピアの輸出の約25%を占めていた日本市場を失うという深刻な結果をもたらしました。
この出来事により、しばらく日本では本物のエチオピアモカが手に入りにくい時期が続き、多くのコーヒー愛好家にとって残念な期間となりました。

現在の日本市場でのエチオピアコーヒー

現在、日本のコーヒー市場でエチオピアコーヒーは新たな形で注目されています。
サードウェーブコーヒーの影響により、かつての『モカ』という総称から、『イルガチェフェ』『シダモ』『グジ』といった具体的な産地名で呼ばれるようになりました。

現在の市場の特徴

浅煎りが主流となり、エチオピアコーヒー本来の華やかな香りと明るい酸味が再評価されています。
スペシャルティコーヒーの代表格として、特定の農園や精製所の名前で販売されることも増えました。
若い世代にも『フルーティーで飲みやすい』と人気を集め、従来の深煎り中心の日本のコーヒー文化に新しい風を吹き込んでいます。
2017年のECX自由化により、日本でも『○○農園の△△さんが作った』という顔の見えるエチオピアコーヒーが楽しめるようになり、新たな時代を迎えています。

日本とエチオピアの特別な関係

約90年にわたる日本とエチオピアの関係は、単なる貿易関係を超えた特別なものです。
共通の歴史体験、皇室間の交流、そしてコーヒーを通じた文化的つながりは、両国の友好関係の基盤となってきました。
アディスアベバの日本庭園は、その象徴として今も存在し、エチオピアコーヒーは日本のコーヒー文化に欠かせない存在となっています。
歴史の荒波を乗り越えて続く両国の関係は、1杯のコーヒーを通じて、今も私たちの日常に息づいているのです。

エチオピアコーヒーの流通システム – ECXの功罪

2008年、エチオピアのコーヒー流通に大きな変化が起きました。
ECX(エチオピア商品取引所)の設立です。

ECXとは何か

ECXは、農民とバイヤーにコーヒーの市場価格情報を提供し、公正な取引を目指して作られた政府機関です。

  1. 農家がコーヒーチェリーを収穫
  2. 地域の集荷場に持ち込む
  3. ECXで品質検査とグレード分け(G1~G9)
  4. 地域とグレードだけで取引

当初の目的は農家の保護でしたが、大きな問題がありました。
ECXの取引所では、地域とグレードだけで取引されるため、長い間エチオピアでは完全なるトレーサビリティ(産地と生産者の詳細情報の追跡)は不可能でした。

ECXがもたらした問題点

2017年以前の問題点

  • 生産者の情報が失われる(どの農園の豆かわからない)
  • 同じ『シダモG2』でも、袋によって味が違う
  • 高品質な豆を作っても、評価されにくい

2017年の転換点 – 流通革命

2017年の自由化で変わったこと

  • 個人経営の精製所が直接輸出可能に
  • 農園や生産者の情報が残るように
  • トレーサビリティ(追跡可能性)が大幅に向上

2017年の転換点 – なぜ改革は実現したのか

2017年、エチオピアコーヒーの歴史に大きな転換点が訪れました。
ECX(エチオピア商品取引所)の規制が大幅に緩和され、コーヒー流通の自由化が実現したのです。
しかし、なぜこのタイミングで改革が実現したのでしょうか。

国際市場からの圧力

実は、この改革の背景には複数の要因が複雑に絡み合っていました。
最も大きな圧力となったのは、国際的なスペシャルティコーヒー市場からの強い要求でした。

2008年のECX設立以降、エチオピアから輸出されるコーヒーの80%でトレーサビリティ(生産者情報の追跡可能性)が失われていたことに対し、世界中のコーヒーバイヤーは継続的に批判の声を上げ続けていました。
『エチオピアは素晴らしいコーヒーの宝庫なのに、誰が作ったのかわからない』という状況は、品質にこだわるバイヤーにとって大きなフラストレーションだったのです。

国内からの改革要求

国内からも改革の声は高まっていました。
エチオピアの輸出業者たちは、ECXを通じたコーヒー取引が始まって以来、積極的なロビー活動を展開していました。

品質の高いコーヒーを生産しても、それが適切に評価されない仕組みは、生産者のモチベーションを下げ、結果的にエチオピアコーヒー全体の競争力を損なうという主張でした。
政府の調査機関である国家輸出調整委員会も、コーヒー市場における11の主要なボトルネック(障害)を特定し、トレーサビリティの欠如を最も深刻な問題の一つとして報告していました。

経済的な必要性

さらに、エチオピア政府には差し迫った経済的な理由もありました。
2017年7月7日、当時のハイレマリアム・デサレン首相は議会での演説で、『これらの改正法は、貿易赤字を縮小するための行動の一つである』と明言しました。

実際、改革発表後わずか数ヶ月で、コーヒー輸出収入は20%の増加を記録。
この数字は、改革の経済的効果を如実に示すものでした。

段階的な準備と実現

改革への道筋は、実は2015年から段階的に準備されていました。
この年、ジオタギング(地理情報タグ付け)によるトレーサビリティプログラムが試験的に開始され、技術的な基盤が整備されていきました。

そして2017年、満を持して『Preserved Coffee Trading System(保存型コーヒー取引システム)』が正式に導入されたのです。
この改革は、国際市場からの圧力、国内業者からの要求、そして政府の経済的必要性という3つの力が合流して実現した、まさに時代の要請でした。

2017年の自由化で変わったこと

この歴史的な改革により、エチオピアコーヒーの世界は劇的に変化しました。

  • 20キンタル(約2トン)以上の生産者に直接輸出許可
  • 売却待機期間を20日から3日へ短縮
  • 契約書への産地情報記載を義務化
  • 個人経営の精製所もECX外での直接輸出が可能に

最も重要な変化は、協同組合と大規模農園だけでなく、個人経営の精製所もECXを通さずに直接輸出できるようになったことです。
この変化により、『○○農園の△△さんが作ったコーヒー』という形で販売できるようになり、品質向上への意欲が高まりました。

現在、私たちは日本でも、より詳細な産地情報を持つエチオピアコーヒーを楽しめるようになりました。
この改革により、エチオピアコーヒーは新たな時代を迎えたのです。

トレーサビリティ向上がもたらす価値

消費者にとってのメリット

  • 『○○農園の△△さんが作った』という顔の見えるコーヒー
  • 同じ産地でも、農園ごとの味の違いを楽しめる
  • お気に入りの農園を見つけて、毎年楽しみに待てる

生産者にとってのメリット

  • 品質が価格に反映されやすくなった
  • 農園のブランド化が可能に
  • ダイレクトトレード(直接取引)の機会が増加

世界が注目するエチオピアコーヒーの未来

エチオピアコーヒーは、過去の遺産であると同時に、未来への可能性を秘めています。

ゲイシャ種の起源がエチオピアと判明

2004年、パナマで『ゲイシャ』という品種が世界最高価格を記録し、コーヒー界に衝撃を与えました。
そして最新の遺伝子研究により、このゲイシャ種の起源がエチオピア西部のゴリゲシャ地域であることが科学的に証明されたのです。
これは何を意味するのか ・・・

  • エチオピアには、まだ発見されていない『次のゲイシャ』が眠っている可能性
  • 6,000種以上の在来種は、未来のコーヒー産業の宝庫
  • 世界中の研究者がエチオピアの品種に注目

気候変動への対応と品種保存の重要性

気候変動により、2050年までに現在のコーヒー栽培地の50%が栽培不適地になるという予測があります。
この危機に対して、エチオピアの遺伝的多様性が鍵となります。
保存活動の現状 ・・・

  • World Coffee Research:エチオピアの品種を研究・記録
  • 種子銀行:将来のために種子を保存
  • 森林保護:野生のコーヒーが育つ森を守る活動

エチオピアの多様な品種の中には、高温や乾燥に強いものもあり、これらが将来のコーヒー栽培を救う可能性があります。

スペシャルティコーヒー市場での位置づけ

エチオピアコーヒーは、スペシャルティコーヒー市場で特別な地位を占めています。
市場での評価 ・・・

  • カップスコア:90点以上の高得点を獲得する豆が多数
  • オークション価格:特別なロットは通常の10倍以上の価格
  • ダイレクトトレード:農園と直接取引する動きが活発化

日本でも、エチオピアのシングルオリジン(単一農園)コーヒーを扱う店が増え、『○○村の××さんのコーヒー』という形で楽しめるようになってきています。

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エチオピアコーヒーは、単なる飲み物以上の価値を持っています。
6,000種以上の在来種が織りなす味の多様性、千年以上続くコーヒー文化、そして未来への可能性。

初めてエチオピアコーヒーを選ぶなら、まずはイルガチェフェから始めてみてください。
その華やかな香りに驚いたら、次はシダモやグジ、そしてハラーへと、産地ごとの個性を楽しむ旅に出かけましょう。

1杯のコーヒーの向こうに、エチオピアの大地と、そこで暮らす人々の物語が見えてくるはずです。
コーヒー発祥の地が今も大切に守り続ける、本物のコーヒー文化をぜひ体験してください。

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