ソウルの街角、マイナス17度の極寒でも、韓国人は氷入りアイスアメリカーノを飲みます。
『凍え死んでもアイスアメリカーノ』を意味する『オルチュガ』という新語まで生まれた、この独特な文化現象を見てみましょうか。
オルチュガ(얼죽아)の意味と背景
凍え死んでもアイスアメリカーノ
『オルチュガ(얼죽아)』は、『オロ・ジュゴド・アイスアメリカーノ(얼어 죽어도 아이스 아메리카노)』の略語で、文字通り『凍え死んでもアイスアメリカーノ』を意味する韓国の新造語です。
この言葉は、季節や気温に関係なくアイスアメリカーノを飲み続ける人々を指す言葉として、2010年代後半から急速に広まりました。
AFP通信は2023年2月、この独特な韓国のコーヒートレンドを世界に紹介しました。
記事では『韓国の職場文化はスピードと効率を重視しており、素早く注文でき、すぐに飲めるアイスアメリカーノがその文化とよく合致している』と分析しています。
実際、スターバックス韓国のデータによると、2022年の全売上のうち76%が冷たい飲み物で、1月の極寒期でさえアイスアメリカーノの売上が54%を占めたということです。
2015年に初めて冷飲料の比率が51%を超えて以来、その割合は年々増加し、2025年現在では77%にまで達しています。
韓国語の略語文化とコーヒー用語
韓国のコーヒー文化は、独自の言語体系も生み出しています。
アイスアメリカーノは親しみを込めて『アア(아아)』と呼ばれ、これは『アイス・アメリカーノ』の韓国語発音の頭文字を取った略語です。
オルチュガという言葉自体も、韓国人の略語好きな文化を反映しています。
長い表現を短縮して新しい単語を作る傾向は、特に若者文化において顕著で、SNSやオンラインコミュニティを通じて急速に広まります。
このような言語の創造性は、韓国社会の変化の速さと、新しいものを受け入れる柔軟性を示しています。
なぜ韓国人は真冬でもアイスアメリカーノなのか
パルリパルリ(빨리빨리)文化と効率性
韓国人がアイスアメリカーノを好む最大の理由は、『パルリパルリ(빨리빨리)』文化にあります。
『早く早く』を意味するこの言葉は、韓国社会全体を貫く行動原理となっています。
1960年代の朴正煕政権時代から始まった急速な経済発展は、スピードと競争を重視する文化を生み出しました。
この文化は、日本の莫大な経済支援により実現した『漢江の奇跡』と呼ばれる経済成長の原動力となりましたが、同時に日常生活のあらゆる面に浸透していきました。
ソウル在住で30代前半のソン・ミンジェ(Song Min-jae)氏は、コリア・ヘラルド(Korea Herald)の取材に対し『職場では素早いことが効率的だと考えられています。でもこの速さは仕事だけでなく、生活のあらゆる面に及んでいます』と語ります。
アイスアメリカーノは注文から提供まで1分程度で完了し、熱い飲み物のように冷ます時間も必要ありません。
すぐに飲み干せるこの特性が、韓国の高速文化と完璧にマッチしているのです。
職場環境と室内温度の関係
興味深いことに、韓国のオフィスや公共施設の室内温度も、アイスアメリカーノ人気の一因となっています。
韓国の建物は冬場、床暖房(オンドル)システムによって過度に暖かくなることが多いのです。
ソウルでカフェを経営するキム・ボムス氏は『オフィスの室内が暑すぎて息苦しいことが、アイスアメリカーノを好む理由の一つかもしれません』と指摘します。
またAFP通信のオルチュガ取材で、自らを『オルチュガ』と称する30歳の会社員は『オフィスの中は暖かいので、そこで飲むならアイスがちょうどいいんです』と答えています。
辛い料理文化と冷たい飲み物の相性
忠北保健科学大学のイ・サンギュ教授は、韓国人の食文化との関連を指摘します。
『韓国人は辛くて熱い料理をたくさん食べるため、熱いコーヒーはあまり魅力的ではありません。どんな状況でも、冷たいコーヒーの方がさっぱりと感じられます』
フードコラムニストのチャン・ジュンウ氏は、
『国には冷麺(ネンミョン)のようにスープに氷を入れる料理があり、これは他のアジア諸国ではあまり見られない特徴です。韓国の冷たい食文化の度合いは極端で、それがアイスコーヒーの人気と普及を説明するかもしれません』と話します。
数字で見る韓国のアイスコーヒー消費
年間353杯のコーヒー消費量
2019年の現代経済研究院の調査によると、韓国人の年間コーヒー消費量は1人あたり353杯に達します。
これは世界平均の152杯の2倍以上という驚異的な数字です。
つまり、韓国人は平均して毎日ほぼ1杯のコーヒーを飲んでいる計算になります。
さらに注目すべきは、この353杯の大部分がアイスアメリカーノだということです。
まさにオルチュガ現象を裏付けるデータで、韓国人1人あたり年間260杯のアメリカーノを消費しているというデータもあり、その多くが氷入りで提供されています。
2024年には韓国のコーヒー輸入量が約20万2000トンと過去最高を記録しました。
これは約6万6000頭の象に相当する重さで、わずか10年で156%の増加を示しています。
このデータからも、オルチュガ文化がいかに韓国社会に深く根付いているかがわかります。
参考:現代経済研究院
スターバックスの冷飲料77%の衝撃
スターバックス韓国の販売データは、この国のアイスコーヒー愛を如実に物語っています。
2009年以来、アイスアメリカーノは不動のベストセラー商品となっており、2010年代初頭には全売上の半分以下だった冷飲料の割合が、2015年に51%で逆転し、2025年現在では77%にまで上昇しています。
最も驚くべきは、真冬の販売データです。
2023年1月25日、シベリア寒波によりソウルの気温がマイナス17.3度まで下がった日でも、アメリカーノを注文した客の46%がアイスを選びました。
同月21日(マイナス10.5度)には、アメリカーノ注文客のうちアイスを選ぶ割合が60%近くに達したこともありました。
まさに『凍死してもアイスアメリカーノ』というオルチュガ精神の体現です。
韓国のコーヒー文化の進化
ダバン(茶房)からカフェへの変遷
韓国のコーヒー文化の歴史は、19世紀末の朝鮮王朝時代にさかのぼります。
高宗皇帝が1896年、ロシア大使館でアントワネット・ソンタグから初めてコーヒーを振る舞われたのが始まりとされています。
ソンタグは後に韓国初のコーヒーショップ『ソンタグホテル』を1902年にソウルの貞洞に開業しました。
日本統治時代から1980年代まで、コーヒーは『ダバン(茶房)』と呼ばれる喫茶店で提供されていました。
ダバンは単なる飲食店ではなく、知識人や芸術家が集まる文化サロンの役割を果たし、政治、経済、文化、教育について議論する場所でした。
1999年、スターバックスがソウルの新村に韓国1号店をオープンしたことで、韓国のカフェ文化は大きな転換点を迎えました。
テイクアウトやセルフサービスという新しいスタイルが導入され、カフェで一人で本を読んだり勉強したりする文化が定着していきました。
テイクアウト文化と3-in-1インスタントコーヒー
韓国のコーヒー文化を語る上で欠かせないのが、1976年に東西食品がマクスウェルハウスのライセンスで製造を開始した『3-in-1』インスタントコーヒーです。
粉末コーヒー、砂糖、粉末クリームが1回分ずつパッケージされたこの商品は、韓国のコーヒー文化に革命をもたらしました。
現在も『マキシム』ブランドのインスタントコーヒーは韓国で圧倒的な人気を誇り、家庭、オフィス、学校などあらゆる場所で消費されています。
このインスタント文化が、コーヒーを『ゆっくり味わうもの』ではなく『素早く摂取するもの』という認識を定着させた面もあります。
K-POPスターとオルチュガ文化
BTSシュガのオルチュガ愛
K-POPスターたちもオルチュガ文化の普及に一役買っています。
特にBTSのシュガは、カフェイン摂取を控えようとしていると公言しながらも、頻繁にアイスアメリカーノを手にしている姿が目撃されています。
彼のこの習慣は、ファンの間で話題となり、多くの若者がアイドルの真似をしてアイスアメリカーノを飲むようになりました。
韓国ドラマでも登場人物がアイスアメリカーノを飲むシーンが頻繁に描かれ、これが韓国のコーヒー文化への関心を世界中に広げるきっかけとなっています。
NCTジェミンの8ショットエスプレッソ
さらに極端な例として、NCT Dreamのジェミンが好むという『8ショットのエスプレッソを氷に注いだ』特製アイスアメリカーノが、海外のK-POPファンフォーラムで長時間議論されています。
このような極端な飲み方は推奨されるものではありませんが、韓国の若者たちがコーヒーを単なる飲み物ではなく、アイデンティティの表現手段として捉えていることを示しています。
『アア』を飲むことは、現代的で、効率的で、グローバルな韓国人であることの象徴となっているのです。
オルチュガ現象から見える韓国社会
韓国の『オルチュガ』現象は、単なる飲み物の好みを超えた深い文化的意味を持っています。
急速な経済発展を遂げた国の効率と速度を重視する価値観の表れであり、パルリパルリ文化と結びついています。
年間ひとり353杯という驚異的な消費量、スターバックスの冷飲料比率77%という数字が、この文化の浸透度を物語っています。
一杯のアイスアメリカーノには、その国の歴史、文化、人々の生き方が凝縮されています。
次にアイスアメリカーノを飲むとき、遠く韓国の地で同じ飲み物を楽しむ人々のことを思い浮かべてみるのも、コーヒーの新しい楽しみ方かもしれません。