エスプレッソ ── 多くの人が『express(急行)から来た言葉』だと思っているこの名前。
実は、エスプレッソマシンが発明される前から存在していた言葉だったのです。
機械より先に言葉があった。
では、エスプレッソの本当の語源は何なのでしょうか。

エスプレッソ語源 ── 機械より先に存在した言葉

『急ぎのために』『特別なために』── イタリア語の由来

“espresso”という言葉は、イタリア語で『急ぎの』『特別なための』という意味を持ちます。
その語源をさらに深くたどると、ラテン語 exprimere ── 『しぼり出す』『表現する』という動詞に行き着きます。
つまりエスプレッソの語源とは、『その人のために、今、押し出された一杯』という意味を宿す言葉なのです。

注文が入った瞬間に、圧力で一気に抽出される。
淹れる人と飲む人が1対1で向き合う、その即時性と個別性が、エスプレッソという語源の中に刻まれています。

エスプレッソ語源の一語に宿る物語|鹿児島コーヒー addCoffee

実は、エスプレッソの語源には見落とされがちな歴史的事実があります。
1880年代、まだエスプレッソマシンが発明される前から『caffè espresso』という言葉は存在していたのです。
当時は『お客様の注文に応じて、その場で特別に(espressamente)淹れるコーヒー』を指していました。
つまり、機械も圧力も関係なかった。
純粋に『あなたのために特別に』という意味だったのです。

現在の語源学理論でも、イタリア語のcaffè espressoの由来は文字通り『顧客の要求に応じてその場で作られたコーヒー』を意味するという説が有力とされています。

英語”express”との誤解

日本でときおり、『エクスプレッソ』と書かれたメニューを見ることがあります。
発音や語感の類似から、『express=速い、急行』がエスプレッソの語源だと誤解されがちです。

1906年以降、後述のエスプレッソマシンを開発した会社が、当時のイタリアの最速列車『トレノ・エスプレッソ(急行列車)』を広告でイメージを利用しました。
これが『エスプレッソ=速い、という誤解を生む一因となった』という解釈もありますが、語源とはそう単純ではありません。
後述の意味を含めて『エクスプレッソ』が書かれているならばリスペクトに値します。

エスプレッソの日本でのメニュー表記|鹿児島コーヒー addCoffee

イタリアで息づくエスプレッソの原義

立ち飲みの風景に見る語源の精神

イタリアの街角にあるバールでは、人々が立ったままエスプレッソを飲み干し、次の予定へと足を向けていきます。
椅子に座って長居する場ではなく、『生活と生活のあいだにある通過点』としての場所。

1杯1ユーロ、所要時間は1分足らず。
立ち止まって飲むその一杯には、『あなたのために特別に』というエスプレッソの語源が生きています。
エスプレッソは、”止まらない時間”の中で一度だけ呼吸を整える飲み物なのかもしれません。

“to go”文化との語源的相違

アメリカやイギリスでは、紙カップに蓋をし、歩きながら・運転しながらコーヒーを飲む “to go” 文化が根づいています。
コーヒーは自分の行動に寄り添う、移動型の存在です。

エスプレッソ語源と対照的なto-go文化|鹿児島コーヒー addCoffee

一方、イタリアでは逆。
持ち歩かず、その場で ── それも立ち止まって飲む。
早さはどちらにもある。
それでも、『時間の過ごし方』に対する思想がまったく異なる。

アメリカやイギリスの”to go”文化との違いは、単なる飲み方の差ではありません。
イタリアでは『その場で、今、あなたのために』という、エスプレッソの語源が示す原点が今も生きているのです。

1901年、偶然が生んだ語源の完成

ベゼラの発明と語源の合致

1901年、ミラノのルイージ・ベゼラが圧力式コーヒーマシンを発明しました。
それまで『特別に作る(espressamente)』という意味で使われていたcaffè espressoが、偶然にも『押し出す(exprimere)』という新技術と完璧に合致したのです。

エスプレッソ語源を体現した1901年の発明|鹿児島コーヒー addCoffee

興味深いことに、英語のexpressとイタリア語のespressoは、どちらもラテン語exprimereから派生した言葉です。
つまり、expressoという綴りも語源的にはあながち間違いとは言えません。
フランス語やポルトガル語では今でもexpressoと綴るのは、この共通の語源を反映しているのです。

☕ eSpresso vs. eXpresso

1911年のイギリスの美食ガイド『The Gourmet’s Guide to Europe』には『Café Expresso』と記載されており、フランス語やポルトガル語では今でもexpressoが一般的です。
英語のexpressとイタリア語のespressoは、どちらもラテン語exprimereから派生した兄弟のような関係にあり、expressも『圧力によって押し出す』という意味を持つため、語源的にはあながち間違いとも言えないのです。
参考:Merriam-WebsterTwo Chimps Coffee

機械の普及と言葉の定着

1906年のミラノ博覧会で世界に発表され、45秒で一杯を抽出する機械は『one at a time, expressly for you』というコンセプトを体現していました。
コーヒー会社は当時の最速列車『トレノ・エスプレッソ』のイメージも広告に利用しました。

1920年、イタリアの辞書に『加圧式機械またはフィルターで作られた飲み物』として正式に登録。
もともと『特別に淹れる』という意味だったエスプレッソが、機械による抽出方法を指す言葉として定着したのです。

エスプレッソ語源と急行列車の広告イメージ|鹿児島コーヒー addCoffee

二重の意味と現代の変化

exprimereには『押し出す』と『表現する』という二つの意味があります。
9気圧の圧力と93度の温度で、豆に含まれる油分や香味成分を27秒で抽出する。
この短時間で複雑な風味を引き出す技術と、exprimereの『表現する』という意味が重なったのです。

現代イタリアの鉄道では、『Espresso』という列車名は地方線の各駅停車を指します。
1906年頃には急行列車のイメージで宣伝に使われた名前が、現在では最も遅い列車カテゴリーになりました。
言葉の意味は、時代と文脈で変化するのです。

文学が見つけたエスプレッソという言葉

エスプレッソの語源が持つ多層的な意味は、文学者たちの想像力も刺激してきました。

村上春樹はあるエッセイの中で、こう書いています。
『朝のバールで飲むエスプレッソは、体内に朝を注入する儀式のようなものだ』

またフランスの詩人ギヨーム・アポリネールは、エスプレッソの語源に触発されてこんなふうにも記しました。
『この苦い黒い液体の中には、街の時間が折りたたまれている』

エスプレッソ語源と文学的感覚|鹿児島コーヒー addCoffee

詩や小説の中で描かれることで、エスプレッソは”感覚の言葉”として生き始める。
文学作品を通じて、エスプレッソの語源はより広い意味を獲得していったのです。

エスプレッソ ── 一語に宿る言葉の物語

エスプレッソ ── この一語の語源には、『特別に、あなたのために』という原初の意味と、『圧力で押し出す』という技術的な意味が、見事に重なり合っています。
それは偶然の産物でありながら、必然のように感じられるエスプレッソの物語なのです。

エスプレッソという名前の由来は、速さを伝えるだけの言葉ではありません。
● 今、あなたのために淹れる
● 表現するように抽み出す
── そんな意味のすべてが、エスプレッソという語源に込められています。

飲み終えてカップを置いたそのとき、エスプレッソの語源が静かに響いている。
そんな感覚を、ぜひ一度味わってください。

エスプレッソ語源が示す1対1の特別な瞬間|鹿児島コーヒー addCoffee

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