『コーヒーは毒だ ── 』それを信じていた国王が、かつてスウェーデンにいました。
18世紀の王・グスタフ3世は、コーヒーの健康被害を疑い、ある日“奇妙な実験”を始めます。
対象となったのは死刑囚2名 ── 一人には紅茶を、もう一人にはコーヒーを飲ませ続け、どちらが早く命を落とすかを観察するというものでした。
その結果はどうなったのか?
☕ 歴史の一幕に登場した、コーヒーをめぐるちょっと奇妙で面白い出来事を案内します。
コーヒーは“危ない飲みもの”だった時代
18世紀のスウェーデンでは、コーヒーは“危険な液体”と見なされていた時期がありました。
当時の国王・グスタフ3世は、コーヒーが人の健康や精神に悪影響を与えるのではないかと強く懸念していたようです。
国王は医師たちを集め、『コーヒーが人体にどのような影響をもたらすのか』を議論させました。
西洋でもまだコーヒーは“異国の薬草”のような認識であり、チョコレートやタバコと並ぶ不安視された嗜好品のひとつでした。
☕ そしてグスタフ3世は、ある大胆な“実験”によってその真偽を確かめようとしたのです。
王様の奇策 ── 死刑囚を使った人体実験
一人はコーヒー、一人は紅茶 ── 日々の観察
グスタフ3世は、同じような健康状態の死刑囚2名を選び、一方にはコーヒー、もう一方には紅茶を毎日飲ませ続けるよう命じました。
双子の囚人という説もあります。
量や時間は一定に管理され、医師による監視下で飲用が続けられたと伝えられています。
この奇想天外な実験は、『どちらの飲みものが体に悪いのか』を可視化しようとした、いわば人命を賭けた対比試験だったのです。
背景には“見慣れぬ飲みもの”への不安
コーヒーや紅茶など、外来の嗜好品に対しては、ヨーロッパ全体で不安の目が向けられていました。
とくに香りの強さや見た目の黒さは、薬草的でありながらどこか異質 ── そうしたイメージから、『精神を乱すのでは』と考える人々もいたのです。
王様の懸念もまた、単なる迷信ではなく、“社会の健康”を考えた保守的な姿勢だったのかもしれません。
実験の結末 ── 先に亡くなったのは王だった
コーヒー囚人は驚くほどの長寿を記録
実験は何年にもわたって続けられたとされますが、その途中で、結果を見ることなくグスタフ3世は亡くなってしまいます。
監視していた医師たちも亡くなったことで、実験の記録は途絶えがちになります。
しかし残されている情報によると、紅茶を飲んでいた囚人は平均的な寿命で亡くなり、コーヒーを飲み続けていた囚人は80歳を超えるほど長生きしたとされます。
☕ 王の予想は、大きく外れていたようです。
『健康に悪い』とされていたコーヒーが、むしろ命を長く保った ── そんな皮肉な結末でした。
史実か風説か ── それでも語り継がれる理由
この実験の存在については、現在も真偽が議論されています。
一部では、『記録が曖昧であり、実在したかは不明』とする見解もあります。
けれども、この話が“歴史の一節”として語り継がれていること自体が、コーヒーという飲みものがかつて『疑いの対象』であった証でもあります。
不安だったのは“味”ではなく“未知”だった
黒くて香る ── 不安を呼ぶ見た目と印象
コーヒーを初めて口にする人は、『これは本当に飲んでいいものなのか』と不安に感じていたでしょう。
黒く濃い液体、立ち昇る独特な香り ── これらは薬草を思わせるような印象を与え、味そのものより先に“疑いの感覚”を呼び起こしてしまいます。
当時の人々にとっては、“異質で未知”というだけで、不安の対象になったのだと考えられます。
それでも人は、コーヒーを飲み続けた
そうした不安を乗り越えるように、コーヒーは生活の中に浸透していきました。
コーヒーの香りに惹かれ、味に慣れ、やがて嗜好品として受け入れられていく ── そんな過程が、時代の中に静かに積み重ねられていったのです。
☕ 実験の真偽はさておき、『コーヒーは疑われていた』という事実は、確かに残りました。
だからこそ、今私たちが飲む一杯には、その歴史の記憶がうっすらと染み込んでいるのかもしれません。
Coffee ナビ ── “危険な液体”が日常に変わるまで
コーヒーは、今日では世界中で愛されています。
けれども、その道のりには“疑い”と“実験”があり、誤解と不安の中で少しずつ受け入れられてきた背景が存在します。
スウェーデン国王による奇妙な人体実験は、その象徴とも言えるエピソードです。
☕ そんな歴史を知ると、毎日の一杯が少しだけ深く、特別な意味を持つように感じられるかもしれません。
『飲むこと』はただの習慣ではなく ── ときに、時代と人の思惑が絡み合った文化そのものなのです。