2025年7月のPerfect Daily Grindによると、インフューズドコーヒーは過去5年間でスペシャルティコーヒー業界で最も議論の的となっているトピックの一つです。
フルーツや酵母を精製過程で添加するこの革新的技術は、従来のコーヒーの概念を根底から覆しています。
しかし、その華やかな風味の裏側には、透明性の欠如と倫理的問題が潜んでいました。

インフューズドコーヒーとは何か

インフューズドコーヒーという言葉が業界で頻繁に使われるようになりましたが、その定義は驚くほど曖昧です。
インフューズドコーヒーには業界全体で統一された正式な定義や基準が存在しません。
この曖昧さこそが、現在の世界的な論争の根源となっています。

2015年世界バリスタチャンピオンのSaša Šestićによれば、インフューズドコーヒーは精製中に材料や香料が添加される際に作られるコーヒーを指します。
具体的には、コーヒーチェリーの発酵段階でフルーツ、スパイス、酵母、さらにはウイスキーやラム酒などのアルコールを添加することで、通常では得られない独特の風味を作り出します。

インフューズドコーヒーの発酵工程で添加される素材|鹿児島コーヒー addCoffee

しかし、専門家によって見解は大きく異なります。
コロンビアでは『ドライング後から焙煎までの間でフルーツや微生物を添加する精製方法』と定義される一方、ブラジルやインドネシアでは発酵段階での添加もインフューズドコーヒーとして認識されています。
この地域による認識の違いは、国際的な取引や競技会において大きな混乱を招いており、統一基準の必要性が叫ばれています。

革新的な製造技術と発酵プロセス

インフューズドコーヒーの製造には、ワイン業界から転用された技術を含む、様々な革新的手法が用いられています。
これらの技術により、従来のコーヒーでは考えられなかった複雑で独特な風味プロファイルが実現されています。

カーボニックマセレーション技術

カーボニックマセレーションは、収穫したコーヒーチェリーを密閉容器に入れ、CO2を注入してCO2豊富な環境を作り出す技術です。
この技術は1934年からフランスのボージョレ地方でワイン製造に使用されていましたが、コーヒー業界では2015年にSaša Šestićが世界バリスタチャンピオンシップで使用したことで一躍有名になりました。

インフューズドコーヒーを世界大会で初披露した2015年チャンピオン|鹿児島コーヒー addCoffee

この手法では、チェリーの皮を破らずに密閉タンクに入れ、CO2環境下で細胞内発酵を起こさせます。
微生物による通常の発酵とは異なり、果実内部の酵素による発酵が進行します。
その結果、『激しい風味プロファイル、ブージー(酒っぽい)風味や、煮詰めたフルーツのような風味』が生まれ、バナナ、バブルガム、ストロベリー、シナモンなどの特徴的なノートが現れます。

インフューズドコーヒーのCO2注入技術|鹿児島コーヒー addCoffee

酵母接種法によるインフューズドコーヒー

Saccharomyces cerevisiae、Torulaspora delbrueckii、Leuconostoc mesenteroidesなどの特定の酵母株を使用した制御発酵が、コーヒーの品質を大幅に向上させることが証明されています。
酵母接種では、生産者が発酵プロセスに特定の酵母株を意図的に導入し、風味を直接的にコントロールします。

Food Research Internationalの研究によると、酵母接種により感覚スコアが最大5ポイント向上したと報告されています。
酵母と乳酸菌の共接種により、代謝的相乗効果が生まれ、ボディ感の向上、アロマの改善、酸味の強化をもたらすコーヒーが生産されています。
使用される酵母株には、Cima、LalcafeのOroやIntensoなどがあり、これらの多くは元々ワイン製造で使用されていたものです。

フルーツマセレーションとインフューズドコーヒー

フルーツマセレーションは、発酵プロセス中にカットしたフルーツを使用する方法で、最近の競技会ステージでより頻繁に登場しています。
この手法では、オレンジ、ストロベリー、パイナップルなどの新鮮なフルーツを発酵タンクに直接加えます。

コロンビアの生産者は、72時間の嫌気性発酵中にCO2、ワイン酵母、新鮮なオレンジやストロベリーを加えることで、独特の風味プロファイルを作り出しています。
この方法により、フルーツの自然な糖分と酸が発酵プロセスに影響を与え、結果としてコーヒーに複雑で層の厚い風味が加わります。

インフューズドコーヒーを巡る競技会の論争

インフューズドコーヒーは、世界的なコーヒー競技会において最も議論を呼ぶトピックとなっています。
競技会によって対応が分かれており、業界内での意見の分断が鮮明になっています。

2024年世界バリスタチャンピオンシップのルール改正

2024年の世界バリスタチャンピオンシップでは、『グリーンコーヒー段階』に達した後はいかなる添加物も加えてはならないという新ルールが追加されました。
これは、生豆が乾燥された後の添加を禁止することを意味しています。

しかし興味深いことに、精製中に追加成分が『グリーンコーヒー段階』以前に含まれていれば、参加者はインフューズドコーヒーを使用できるようになりました。
この一見矛盾するルール改正は、SCAがインフューズドコーヒーを完全に排除するのではなく、条件付きで受け入れる姿勢を示したものとして注目されました。

インフューズドコーヒーに関する世界バリスタチャンピオンシップのルール|鹿児島コーヒー addCoffee

シナモンゲート事件とその影響

2010年代後半の『シナモンゲート』論争は、競技会でのコーヒーに対する懐疑論を引き起こしました。

選手が持ち込んだコーヒーに、シナモンなどのエッセンシャルオイルが添加されていたことが発覚しました。
選手側は添加を知らなかったと主張しましたが、豆の選定責任は選手にあるため、この事件は競技会における透明性とトレーサビリティの重要性を浮き彫りにしました。

この事件以降、Cup of Excellenceなどの権威ある競技会では、インフューズドコーヒーに対して『純粋主義』的な立場を取るようになりました。
パナマのベスト・オブ・パナマ競技会は2024年、国のコーヒーセクターの『本物のアイデンティティを守る』必要性を理由に、インフューズドコーヒーを除外しました。
一方で、世界バリスタチャンピオンシップは条件付きながら受け入れる方向に舵を切り、競技会間での対応の違いが明確になっています。

インフューズドコーヒーに対し競技会での論争と審査|鹿児島コーヒー addCoffee

インフューズドコーヒーの経済的影響

インフューズドコーヒーは、生産者にとって新たな収入源となる可能性を秘めています。
特に気候変動の影響を受ける地域では、重要な生存戦略となっています。

生産者への価格プレミアムと市場価値

中品質のコーヒーに革新的なステップを踏むことで、生産者にとって大きな価値が生まれる可能性があります。
インフューズドコーヒーは、通常のスペシャルティコーヒーと比較して20-30%高い価格で取引されることも珍しくありません。

Food Research Internationalの研究によると、酵母接種により感覚スコアが最大5ポイント向上することが示されています。
スペシャルティコーヒーにおいて、この5ポイントの差は商品価値を大きく左右し、生産者にとっては商品市場での取引とスペシャルティコーヒーとしての取引の分かれ目となります。
実際、コロンビアやブラジルの生産者団体は、インフューズドコーヒーを『イノベーション』として積極的に推進しており、付加価値創出の重要な手段と位置付けています。

新興市場でのインフューズドコーヒー需要

中国、日本、台湾、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などの新興市場では、インフューズドコーヒーのような実験的な処理方法への関心が高まっています PT’s CoffeeScienceDirect。
これらの市場では伝統的なコーヒー文化が確立されていないため、革新的な風味に対する抵抗感が少なく、若い世代を中心に新しいライフスタイルの象徴として受け入れられています。
実際、アジアではインフューズドコーヒー専門カフェも登場し、新たなビジネスモデルとして注目を集めています。

これらの市場では、伝統的なコーヒー文化がまだ確立されていないため、革新的な風味に対する抵抗感が少ないという特徴があります。
インフューズドコーヒーは単なる飲み物ではなく、新しいライフスタイルの象徴として受け入れられており、若い世代を中心に急速に市場が拡大しています。
実際、アジア市場ではインフューズドコーヒー専門のカフェも登場し、新たなビジネスモデルとして注目を集めています。

インフューズドコーヒー専門店の日本市場展開|鹿児島コーヒー addCoffee

透明性と倫理的課題

インフューズドコーヒーの急速な普及は、同時に多くの倫理的問題を浮き彫りにしています。
特に透明性の欠如は、業界全体の信頼性を損なう危険性をはらんでいます。

透明性の問題とトレーサビリティ

完全な透明性がなければ、インフューズドコーヒーはロースター、バリスタ、消費者、さらには競合他社さえも誤解させる可能性があります。
多くの消費者は、自分が飲んでいるコーヒーがインフューズドコーヒーであることを知らないまま購入している場合もあります。

インフューズドコーヒーの透明性とアレルギー表示問題|鹿児島コーヒー addCoffee

この問題は単に消費者の知る権利を侵害するだけでなく、アレルギーなどの健康上の問題を引き起こす可能性もあります。
例えば、フルーツアレルギーを持つ消費者が、知らずにフルーツインフューズドコーヒーを飲んでしまうリスクがあります。
業界では、インフューズドコーヒーのラベリング規制や、トレーサビリティシステムの確立が急務となっています。

生産者と消費者の認識ギャップ

Christopher Feranは、買い手と審査員による規制メカニズムは『問題があり、帝国主義的で、生産者の福祉に関係なくコーヒーを階層化する』と批判しています。
多くの生産者にとって、インフューズドコーヒーは生存戦略の一つです。

先進国の消費者や業界関係者からの批判は、発展途上国の生産者の努力を否定するものとして受け止められることもあります。
共発酵コーヒーはコーヒーの風味の可能性を探求する潜在的な進歩を妨げるものと見なされていますが、生産者にとっては市場で生き残るための必要不可欠な戦略でもあるのです。
この認識のギャップを埋めるためには、対話と相互理解が不可欠です。

インフューズドコーヒーがもたらす新たな可能性

インフューズドコーヒーは、コーヒー業界の新たな選択肢として定着していくでしょう。
歴史を振り返れば、ワインのサングリア、日本酒の梅酒、ウイスキーのフレーバー製品など、伝統的な飲料にも革新的な製法が加わってきました。
コーヒーも同様の進化を辿ることは自然な流れです。

現在指摘されている透明性の問題や倫理的課題は、業界が成熟する過程で解決策が見出されていくはずです。
実際、SCAなどの団体が基準作りに動き始めており、生産者と消費者の対話も進んでいます。

かつてエスプレッソやラテアートも新しい技術として議論を呼びましたが、今では広く受け入れられています。
インフューズドコーヒーも、従来のコーヒーと共存しながら、消費者に新たな選択肢を提供する存在として、市場に浸透していくことでしょう。

インフューズドコーヒーと従来コーヒーの共存|鹿児島コーヒー addCoffee

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