お湯を注ぐだけでサッと飲めるインスタントコーヒー。
『手抜きのコーヒー』と思われがちですが、実はレギュラーコーヒーよりも手間がかかる高度な技術の結晶なのです。
インスタントコーヒーの作り方、健康への影響、戦争や宇宙開発との関わり、そして日本独自の発展。
この記事では、一粒の粉に込められた科学技術とドラマチックな歴史をご案内。
知れば知るほど奥深い、インスタントコーヒーの製造秘話です。

インスタントコーヒーの作り方は凄い技術だった!

STEP. 01
“本物のコーヒー”を淹れる

多くの人が誤解していることですが、インスタントコーヒーは豆を細かく砕いた粉ではありません。
実は、一度ちゃんと抽出された『液体のコーヒー』から作られているのです。
つまり、製造の最初の一歩は、まさにレギュラーコーヒーそのもの。
コーヒー豆を挽き、お湯で抽出して、美味しいコーヒー液を作るところから始まります。

インスタントコーヒーの原料は抽出された液体コーヒー|鹿児島コーヒー addCoffee

STEP. 02
液体から粉へ:魔法のような変化

問題は、この液体のコーヒーを『お湯で溶ける粉』に変える工程です。
香りや成分をなるべく損なわずに、液体を固体に変えるという、なんとも高度な技術が必要になります。
この工程こそが、インスタントコーヒーの最大の技術的挑戦。
まさに『液体のコーヒーを結晶にする魔法』のような作業なのです。

スプレードライ方式

  1. コーヒー液を霧状にして高温の空気(150~200℃)に吹き込む
  2. 落下中に水分が瞬時に蒸発(約5分間のプロセス)
  3. 粉だけが下に落ちてくる

スプレードライ方式は、最も一般的な製造方法です。
この方式の特徴は、コストが低く大量生産に向いていることです。
ただし、高温処理のため香りがやや飛びやすいという短所もあります。

インスタントコーヒーのスプレードライ製造方式|鹿児島コーヒー addCoffee

フリーズドライ方式

  1. コーヒー液を急速冷凍(-40℃~-50℃)
  2. 真空状態で氷を直接気体に変化(昇華)
  3. 水分だけが取り除かれ、コーヒー成分が残る

フリーズドライ方式は、より高品質な製品に使われる方法です。
第二次世界大戦後、医薬品製造技術(ペニシリンや血漿の保存)から発展した技術で、香りや成分を壊しにくく、風味が豊かに残るのが特徴。
高級品やプレミアムラインで使われることが多い製法です。

インスタントコーヒーのフリーズドライ製造方式|鹿児島コーヒー addCoffee

どちらも高度な技術の結晶、健康面でも注目

どちらの方法も、単純に『乾燥させる』だけではありません。
コーヒーの風味を保ちながら、お湯に瞬時に溶ける形状に変える必要があります。
温度管理、時間調整、粒子の大きさなど、様々な要素を精密にコントロールする必要があり、まさに科学技術の結晶と言えるでしょう。

なお、インスタントコーヒーはレギュラーコーヒーよりカフェイン含有量が少なく、抗酸化物質を多く含むという研究結果もあり、健康面でも注目されています。

インスタントコーヒー発明の真実

初期の試み
商業化に失敗した先駆者たち

インスタントコーヒーの『概念』は19世紀末から存在していました。
1890年にニュージーランドのデイビッド・ストラングが特許を取得し、1901年には日本人化学者の加藤サトリがアメリカで特許を取得しました。
しかし、これらは実験的な製品に留まり、味が劣悪で商業的には失敗に終わりました。
1910年にジョージ・ワシントンが初の商業ブランドを立ち上げましたが、これも品質は低く、第一次世界大戦中に軍用として消費されたに過ぎません。

加藤サトリ日本人化学者のインスタントコーヒー特許1901年|鹿児島コーヒー addCoffee

🧑‍💼 加糖サトリ

日本人が世界で初めてインスタントコーヒーを開発したという情報は誤りだそうです
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Satori_Kato

真の発明者
ネスレが現代インスタントコーヒーを創造

現代のインスタントコーヒーの真の創始者は、ネスレとその研究者マックス・モルゲンターラー(Max Morgenthaler)です。
1930年代、世界恐慌でブラジルのコーヒー価格が暴落し、ブラジル政府はネスレに長期保存可能な製品の開発を依頼しました。

1930年代スイスのネスレ本社でインスタントコーヒー開発|鹿児島コーヒー addCoffee

モルゲンターラーは9年間の研究の末、1937年についに画期的な製法を開発。
コーヒー抽出液と炭水化物を混合してスプレードライする方法により、初めて香りと味を保持したインスタントコーヒーの製造に成功しました。

ネスレが初めて香りと味を保持したインスタントコーヒー製造成功|鹿児島コーヒー addCoffee

1938年4月1日、『ネスカフェ』がスイスで発売。
これが現代インスタントコーヒーの直接的な祖先であり、今日私たちが飲んでいるインスタントコーヒーはすべてこの技術から派生したものです。
ネスレはその後も技術革新を続け、1954年に炭水化物を使わない製法、1960年代にフリーズドライ技術を開発。
現在では多くのメーカーがインスタントコーヒーを展開しています。

現在の各メーカーのインスタントコーヒー製品展開|鹿児島コーヒー addCoffee

戦争がインスタントコーヒーを世界に広めた

第一次世界大戦:兵士たちの『ジョージの一杯』

第一次世界大戦中、アメリカ軍は前線の兵士にインスタントコーヒーを支給しました。
当時はジョージ・ワシントン(コーヒー会社創業者)の製品が主流で、兵士たちは愛着を込めて『cup of George(ジョージの一杯)』と呼んでいました。
1918年10月の戦争末期には、アメリカ政府は1日あたり37,000ポンド(約17トン)のインスタントコーヒーを調達しようとしていましたが、当時の全米の1日生産量はわずか6,000ポンドでした。
この圧倒的な需要により、アメリカ陸軍は急遽インスタントコーヒー産業を管理下に置き、生産設備を拡大。
戦争がインスタントコーヒー産業の大規模化を促進したのです。

第一次世界大戦の兵士がインスタントコーヒーを飲む塹壕|鹿児島コーヒー addCoffee

塹壕戦では火を使うことが困難で、インスタントコーヒーは生命線でした。
ある兵士は『朝、立ったまま、スプーン一杯のコーヒーを少しの砂糖と一緒に噛むだけで嬉しかった』と手紙に書き残しています。

戦後、ワシントンのコーヒー会社は『戦争に行った!家に帰ってきた!』というスローガンで家庭用インスタントコーヒーを再販売。
帰還兵たちはインスタントコーヒーの習慣を持ち帰り、戦後のアメリカでインスタントコーヒー市場が急成長する土台を作りました。

第二次世界大戦:ネスカフェの大躍進

第二次世界大戦中、ネスカフェは連合軍の標準装備となりました。
ネスレは戦時中の1年間で100万ケース以上をアメリカ軍に供給し、これが年間生産量のほぼすべてでした。

第二次世界大戦でネスカフェインスタントコーヒーが連合軍に供給|鹿児島コーヒー addCoffee

アメリカ本土では厳しいコーヒー配給制が敷かれ、1942年11月から1943年7月まで、15歳以上の大人は5週間に1ポンド(後に6週間に1ポンド)しかコーヒーを購入できませんでした。
これは1日1杯にも満たない量で、多くの家庭ではチコリや大麦を混ぜてコーヒーを『薄める』工夫をしていました。

戦争終結後、ネスカフェはアメリカのCAREパッケージ(支援物資)の一部として、ヨーロッパや日本の民間人に配布され、これが世界的な普及につながりました。

戦後CAREパッケージでネスカフェインスタントコーヒーが世界に普及|鹿児島コーヒー addCoffee

宇宙でもインスタントコーヒー

アポロ計画とコーヒー

1969年、アポロ11号で人類初の月面着陸が達成されましたが、その裏でインスタントコーヒーも重要な役割を果たしていました。
司令船で月周回軌道を維持していたマイケル・コリンズ宇宙飛行士は『月の裏側で、私は一人きりだったが孤独ではなかった。とても快適だった。ホットコーヒーさえあった』と語っています。

1960年代初期のマーキュリー計画では、ジョン・グレンが宇宙で初めてコーヒーを飲んだアメリカ人となりましたが、それは水と混ぜる粉末飲料でした。
アポロ計画になって初めて、液体の形でコーヒーが宇宙船に持ち込まれるようになりました。

ジョン・グレンが宇宙で初めてインスタントコーヒーを飲むアメリカ人宇宙飛行士|鹿児島コーヒー addCoffee

国際宇宙ステーション時代

国際宇宙ステーション(ISS)では、15年近くフリーズドライのインスタントコーヒーが標準でした。
2015年、ついにイタリアのラバッツァ社とアルゴテック社が開発した『ISSpresso』マシンが導入され、宇宙で初めて本格的なエスプレッソが淹れられました。
イタリア人宇宙飛行士サマンサ・クリストフォレッティが最初の一杯を淹れた際、『女性にとっては小さな一歩だが、コーヒーにとっては大きな飛躍』とニール・アームストロングの名言をもじって語りました。

現在でも宇宙飛行士は1日3杯までのコーヒーを飲むことができ、特定のブランドをリクエストすることも可能です。
2018年には、アメリカのデスウィッシュコーヒーがNASAの食品メニューに加わり、宇宙飛行士たちに愛飲されています。

国際宇宙ステーションISSpressoマシンで本格エスプレッソ|鹿児島コーヒー addCoffee

日本でのインスタントコーヒー発展史

日本では戦後しばらく、コーヒーの輸入規制が続いていました。
一般家庭でインスタントコーヒーが本格的に広まったのは、1961年の輸入自由化以降のことです。
この年を境に、ネスカフェやキーコーヒーなどが日本市場に参入し、『お湯を注ぐだけ』の文化が家庭に根づいていきました。

1960年代日本の家庭にインスタントコーヒー文化が定着|鹿児島コーヒー addCoffee

日本独自の革新:缶コーヒーの誕生

日本はインスタントコーヒーをさらに発展させ、世界初の缶コーヒーを開発しました。

1960年代後半 日本にフリーズドライ技術導入
1961年 ネスカフェが世界初のガラス瓶入りインスタントコーヒーを日本で発売
1965年 世界初の缶コーヒー『ミラ・コーヒー』発売(三浦義武氏・島根県浜田市)
1969年 UCC『コーヒーミルク入り』発売(世界初のミルク入り缶コーヒー)
1970年 大阪万博で缶コーヒー爆発的普及

日本は世界有数のインスタントコーヒー消費国となり、独自の文化を築きました。
自動販売機での缶コーヒー販売、スティックタイプの個包装など、日本発のイノベーションは世界に広がっています。

インスタントコーヒーは体に悪い?健康への影響

アクリルアミドという物質について

インスタントコーヒーには、焙煎過程で生成される『アクリルアミド』という物質が含まれています。
国際がん研究機関(IARC)はアクリルアミドを『ヒトに対しておそらく発がん性がある』(グループ2A)と分類していますが、実際のリスクは極めて低いことが分かっています。

研究によると、粉末状のインスタントコーヒーのアクリルアミド含有量は358μg/kg、通常の焙煎コーヒーは179μg/kgです。
インスタントコーヒーの方が約2倍多いものの、インスタントコーヒーは使用量が焙煎コーヒーの1/10程度なので、健康に害を及ぼすレベルにはとても及ぶものではありません。

🔬 IARC発がん性分類(4段階)
グループ 意味 代表例
グループ1 ヒトに対して発がん性がある アスベスト、ベンゼン、加工肉、アルコール飲料、紫外線
グループ2A ヒトに対しておそらく発がん性がある 赤肉、非常に熱い飲み物(65℃以上)、アクリルアミド、夜勤
グループ2B ヒトに対して発がん性がある可能性がある アスパルテーム、漬け物、鉛、わらび
グループ3 ヒトに対する発がん性について分類できない コーヒー(2016年に格下げ)、マテ茶、カフェイン、コレステロール

※グループ4(発がん性がない可能性が高い)は2019年に廃止されグループ3に統合。
出典:農林水産省HP

実際にはどれくらい飲んでも大丈夫?

カナダ保健省の研究では、成人は体重1kgあたり0.3~0.4μgのアクリルアミドを日常的に摂取していると推定されています。
インスタントコーヒー160mlあたりには約0.572μgのアクリルアミドが含まれています。

最も保守的な推奨値(1日25μg)に達するには、1日35~40杯以上(約7リットル)のインスタントコーヒーを飲む必要があります。
普通に飲む分には全く問題ありません。

コーヒーの健康効果が上回る

重要なのは、多くの研究でコーヒー(インスタントコーヒーを含む)の摂取が以下の健康効果をもたらすことが証明されている点です。

効果カテゴリー
具体的な効果
がんリスクの低下 肝臓がん、子宮内膜がん、皮膚がんなどのリスク減少
脳機能の向上 カフェインによる認知機能の改善
代謝の促進 脂肪燃焼効果の向上
2型糖尿病リスクの低下 インスリン感受性の改善
肝臓病リスクの低下 肝硬変や肝臓がんの予防効果

アメリカがん協会は、コーヒーの摂取が複数のがんリスクを減少させると結論付けています。
これは、コーヒーに含まれる抗酸化物質やその他の有益な成分が、アクリルアミドの潜在的な悪影響を上回るためです。

結論:適量なら心配無用

インスタントコーヒーは確かにアクリルアミドを含んでいますが、通常の摂取量(1日1~4杯)では健康リスクはありません。
むしろ、インスタントコーヒーには通常のコーヒーと同じ抗酸化物質と栄養素が含まれており、適度な摂取は健康に良い影響をもたらします。
FDA(アメリカ食品医薬品局)は成人のコーヒー摂取を1日4~5杯と推奨しています。

インスタントコーヒーの美味しい飲み方と他の用途

プロが教える美味しい淹れ方のコツ

インスタントコーヒーの美味しい作り方は、実は温度管理が最も重要です。
最適な温度は90~96℃
沸騰直後の100℃の熱湯では香りが飛び、苦味が強くなってしまいます。
電気ケトルで沸騰させたら、1分ほど待ってから注ぐのがコツです。

料理人も驚く!インスタントコーヒーの意外な活用法

インスタントコーヒーは、世界中の料理人たちの『秘密兵器』として活躍しています。

肉料理の魔法

ステーキのスパイスラブ(表面にまぶす調味料)にインスタントコーヒーを加えると、焼いた時にカラメル化して深い風味の皮膜を作ります。
アメリカ南部のバーベキュー料理では、豚肉のリブにコーヒーラブをまぶすのが定番。
また、ビーフシチューに小さじ1杯加えると、まるで一晩煮込んだような深みが生まれます。

インスタントコーヒーを使ったアメリカ南部BBQリブのコーヒーラブ|鹿児島コーヒー addCoffee

イタリアンの隠し技

イギリスやイタリアの一部地域では、ボロネーゼソースに少量のインスタントコーヒーを加えるのが伝統的な技法。
トマトの酸味を和らげ、肉の旨味を引き立てます。
さらに、チリコンカンやミートソースにも同様の効果があります。

ボロネーゼソースにインスタントコーヒーを加える伝統技法|鹿児島コーヒー addCoffee

アジア料理での活用

日本のカレーに小さじ1/2加えると、まるで老舗洋食店のような奥深い味に。
中華料理では、黒酢豚のタレに混ぜると香ばしさが増します。
韓国では、カルビのタレにインスタントコーヒーを加えて肉を柔らかくする技法も。

日本のカレーにインスタントコーヒーで老舗の味|鹿児島コーヒー addCoffee

野菜料理の新境地

ローストした根菜(人参、パースニップ、ビーツ)にインスタントコーヒーをまぶすと、土っぽい風味が強調されて高級レストランの一皿に。
マッシュルームのソテーにも、umami(旨味)を増幅させる効果があります。

根菜にインスタントコーヒーをまぶしたロースト野菜|鹿児島コーヒー addCoffee

驚きの活用法

🧴 写真現像液

Caffenol(カフェノール)と呼ばれる、インスタントコーヒー、ビタミンC、炭酸ナトリウムで作る無毒の白黒写真現像液。

🌱 園芸用途

使用済みのインスタントコーヒーは酸性土壌を好む植物(ブルーベリー、ツツジ)の肥料に。

🧪 消臭剤

冷蔵庫や靴箱の臭い取りとしても活用可能。

一粒の粉に込められた物語

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お湯を注ぐだけの『手軽さ』の裏には、深い技術と歴史が隠れていたのです。
19世紀末から様々な試みがありましたが、真の成功は1938年のネスカフェ誕生まで待たねばなりませんでした。

インスタントコーヒーの手軽さの裏にある複雑な技術と歴史|鹿児島コーヒー addCoffee

二つの世界大戦で兵士たちの命を支え、アポロ計画で月を周回し、今では国際宇宙ステーションでも飲まれているインスタントコーヒー。
日本では独自の缶コーヒー文化を生み出し、世界に新たなコーヒーの楽しみ方を提案しました。

一粒のインスタントコーヒーには、ネスレの科学者たちが9年かけて開発した技術と、戦場の兵士たちの思い出、宇宙飛行士たちの挑戦、そして各国の文化が凝縮されています。

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