レモンやオレンジの果汁を発酵床に添加して酸味を調整する。
こんな実験的な処理法を聞いたことがあるでしょうか。
東アフリカの内陸国ブルンジでは、伝統的な二重発酵技術を基盤に、新たな精製技術への挑戦が続いています。
2020年にはODECA(コーヒー開発庁)が設立され、政府主導の品質革命が始まりました。
北海道の1/3程度の小国から生まれる、世界最高水準のブルンジコーヒー。

ブルンジコーヒー – アフリカの心臓部が生む極上の一杯

80万農家が支えるコーヒー依存国家

ブルンジ共和国は、東アフリカの内陸に位置する小さな国です。
日本でおなじみのルワンダの隣国です。
面積はアメリカのメリーランド州とほぼ同じで、北海道の約3分の1程度。
人口は約1,200万人で、その多くが農業に従事しています。

この国の特徴は、コーヒーへの依存度の高さです。
600,000~800,000世帯の小規模農家がコーヒー栽培に従事し、輸出総額の80%以上をコーヒーが占めています。
人口の約40%がコーヒー産業で生計を立てているという、まさにコーヒーの国なのです。

しかし、農家の平均所有面積は1ヘクタール未満。
各農家が所有するコーヒーの木は平均して200~250本程度という小規模経営が特徴です。
この小規模性が、逆に品質への細やかな配慮を可能にしているとも言えるでしょう。

内陸国の宿命が生んだ品質への執念

ブルンジは内陸国という地理的ハンディキャップを背負っています。
最寄りの港であるタンザニアのダルエスサラームまで陸送で約2週間、輸送費は商品価格の7~10%に達します。

この物流コストの高さが、ブルンジを品質特化戦略へと導きました。
『同じ輸送コストをかけるなら、最高品質のコーヒーを作る』という明確な戦略です。
量では勝負できないが、質なら世界と戦える。
これがブルンジコーヒーの哲学となっています。

ブルンジコーヒーの味わい – 東アフリカの架け橋

フルーツパンチとキャンディ
ブルンジコーヒー独特の風味

ブルンジコーヒーの味わいを一言で表現するなら、『フルーツパンチ』のような複雑な果実味と『キャンディのような余韻』でしょうか。
もし色で表現するなら『オレンジ色』。
これは単なる比喩ではなく、実際に柑橘系の風味が強く感じられるからです。

ブルンジコーヒーの複雑な風味プロファイル|鹿児島コーヒー addCoffee

具体的な風味プロファイルとしては、血液オレンジやピンクグレープフルーツのような柑橘系の酸味、ローズやハイビスカス、カモミールといった繊細な花の香りが特徴的です。
さらに赤いベリー、ストーンフルーツ、トロピカルフルーツといった多彩な果実味、キャラメルや黒糖、蜂蜜のような糖蜜系の甘みも感じられます。

ケニアとエチオピアの中間点という独自性

興味深いのは、ブルンジコーヒーがケニアとエチオピアの中間的な味わいを持つという評価です。
ケニアのような明確な酸味とカラント(スグリ)のような風味を持ちながら、エチオピアほど軽くはない。
まさに東アフリカコーヒーの架け橋のような存在なのです。

この独特のポジションが、ブルンジコーヒーを『ジャミー(ジャムのような)』と表現させる所以です。
濃厚でありながら透明感があり、複雑でありながらバランスが取れている。
この絶妙な味わいこそが、ブルンジコーヒーの真髄といえるでしょう。

二重発酵 – ブルンジコーヒーの伝統技術

12時間×3回の浸漬が生むブルンジコーヒーの透明感

ブルンジで広く採用されている二重発酵(ダブルウォッシュド)は、ケニアやルワンダなど東アフリカ諸国に共通する伝統的な精製方法です。

ブルンジコーヒーの二重発酵処理工程|鹿児島コーヒー addCoffee

この処理法では、脱肉後に約12時間の乾式発酵を行い、その後清らかな山水で12~14時間浸漬します。
密度による選別を経て、さらに12~18時間の浸漬を行うという、実に丁寧な工程を踏んでいます。

この3段階の品質選別により、欠陥豆を徹底的に取り除きます。
さらに、豆の微細な割れ目に残る粘液質まで完全に除去できるため、極めてクリーンな味わいが実現するのです。
各段階で温度管理がしやすく、均一な発酵が可能になることも大きな利点です。

レモン果汁添加 – アフリカの新たな実験

伝統的な二重発酵に加えて、一部の処理場では革新的な実験も始まっています。

Greenco処理場では、乾燥床のパルプドナチュラル(果肉付きのまま乾燥させるコーヒー)にレモンやオレンジの果汁を添加する実験を行っています。
これは近年注目される『インフューズドコーヒー』の一種で、発酵過程に果実を加えることで新たな風味を探求する試みです。

また、ベルギー企業が開発したOro酵母を使用した発酵実験や、カーボニックマセレーション(炭酸ガス浸漬法)を導入する処理場も現れています。
これらはまだ限定的な取り組みですが、ブルンジが伝統技術を基盤としながら、スペシャルティコーヒー市場の新たな可能性を積極的に探求していることを示しています。

ブルンジコーヒー主要産地の特徴

カヤンザ県
COE最多入賞のブルンジコーヒー聖地

主要産地として最も有名なのがカヤンザ(Kayanza)県です。
平均気温18℃、4月の高い降雨量という温暖な気候により、高い酸味と柑橘系の風味が特徴となっています。

カヤンザは『ブルンジで最も素晴らしいコーヒーを表す第一等のテロワール』と評され、COE(カップ・オブ・エクセレンス)でも最多入賞数を誇る地域です。
2018年のCOEではルバガバガ洗浄ステーション(Rubagabaga)が91.43点で1位、2019年もギトウェンデ(Gitwendge)とカリンジ(Karinzi)が2位と3位を獲得しています。

ブルンジコーヒーカヤンザ県処理場|鹿児島コーヒー addCoffee

カヤンザには21のウォッシングステーションがあり、それぞれが独自の品質管理と処理方法を競い合っています。
この競争が、ブルンジコーヒー全体の品質向上に大きく貢献しているのです。

標高1,932m – 隠れた高地の可能性

ブルンジで最も高い処理場の一つがマホンダ処理場で、標高1,932メートルに位置しています。
この高標高により、より長く複雑な発酵が可能となり、複雑な糖分と甘みが形成されるのです。

中央山岳地帯のギテガ(Gitega)県も注目に値します。
平均気温12~18℃、年間降雨量約1,100mmという環境で、『甘くフルーティー』で『低酸味』のコーヒーが生産されています。
ギテガは他の地域より涼しく降雨量も少ないため、チェリーがゆっくりと成熟し、味の凝縮が進むのが特徴です。

ンゴジとムインガ – 新興勢力の台頭

ンゴジ(Ngozi)県は2019年のCOEでガトゥクザ(Gatukuza)が90.13点で1位を獲得し、ナチュラルプロセスで初めてCOEを制覇しました。
コーヒー生産・輸出会社のグリーンコ(Greenco)だけでンゴジに5つのウォッシングステーションを運営しており、主に高品質な商業用コーヒーを生産しています。

ムインガ(Muyinga)県は新興産地として注目を集めています。
2021年に開業したカランボ(Karambo)ウォッシングステーションは、わずか1年で処理能力を2倍に拡大。
嫌気性発酵など実験的な処理法に積極的に取り組み、農家への20%のプレミアム支払いを実現しています。

植民地・内戦・再国有化 – 激動の90年史

ベルギー支配から生まれたブルンジコーヒー

ブルンジのコーヒー産業は、1930年代のベルギー植民地時代に始まりました。
農民は強制的にコーヒー栽培に従事させられ、『何をしているのかも分からず、ただベルギー人に言われるがままにコーヒーを育てていた。時には殴られることもあった』という過酷な状況でした。

ブルンジコーヒー栽培の歴史的背景|鹿児島コーヒー addCoffee

1962年の独立後、一度は民営化されたコーヒー産業でしたが、1972年に再び国有化。
その後、1986年から世界銀行とIMFの構造調整プログラムにより、再び民営化が進められました。
1990年には国際開発協会が2,800万ドルを投じてコーヒー産業改革を支援し、5つのSOGESTAL(洗浄ステーション管理会社)が設立されました。

内戦後の品質向上という皮肉な展開

1993年から2005年まで続いた内戦は、コーヒー産業に壊滅的な打撃を与えました。
反政府勢力は経済を不安定化させるため、農民にコーヒーの木を引き抜くよう奨励するキャンペーンを展開。
多くの人々が土地を離れ、難民となりました。

2005年の内戦終結後、ようやく平和が訪れ、コーヒー産業への投資が再開されました。
特にスペシャルティコーヒー生産に重点が置かれ、品質向上への取り組みが本格化したのです。

さらに驚くべきことに、2019年から2021年まで3年連続で収穫量が激減したにも関わらず、品質は向上を続けています。
『生産量は悲惨なほど少なかったが、2021年に生産された品質は素晴らしかった』という生産者の証言が、この逆説的な状況を物語っています。

ブルンジコーヒー少量生産高品質の実現|鹿児島コーヒー addCoffee

2020年ODECA体制という歴史的転換点

ARFIC解体と5組織統合

2020年1月、ブルンジ政府は突如としてコーヒー産業の完全国有化を発表しました。
それまでコーヒー産業を管理していたARFIC(コーヒー規制庁)を解体し、農業・畜産・環境省の下にODECA(Office pour le Développement du Café du Burundi)を設立。

ブルンジコーヒー開発庁ODECA設立|鹿児島コーヒー addCoffee

さらにODECAは、CNAC Murima w’Isangi(農家組合連合)、Intercafé(業界団体)、2つのSODECO(精製会社)、5つのSOGESTALs(洗浄ステーション管理会社)の機能をすべて統合しました。
民間企業は政府に債務を返済し、農家への支払いを保証する銀行保証を提出することが義務付けられました。

世界銀行の圧力により進められた民営化は、『民間企業が自己の利益を優先し、400万人以上のブルンジ人を苦境に陥れた』という批判を受けていました。
特に外資系企業のWebcorとArmanjaro社がほぼすべてのコーヒー洗浄ステーションと取引を支配し、農家を排除していたことが問題視されていたのです。

新オークションと外貨防衛戦略

ODECA体制の最大の特徴は、新たなオークションシステムの導入です。
すべてのコーヒーはODECAが管理するオークションを通じて販売され、価格管理が強化されました。
これにより米ドル資金が確実に国内に留まることを確保しています。

ブルンジコーヒーODECA管理オークション|鹿児島コーヒー addCoffee

また、チェリー価格を固定(A級1,200ブルンジフラン)することで、投機を防止し、農家への安定的な支払いを実現。
ODECAは現在101の脱肉・洗浄ステーションを直接管理し、フルウォッシュド、ナチュラル、ハニープロセスなど多様な処理方法を展開しています。

2024/25年の収穫は2023年比で7%増加し、150,000袋(60kg)に達しました。
再国有化は一見時代に逆行するようですが、農家の生活安定と品質向上を両立させる新たな挑戦として、国際市場からも注目されています。

内陸国の挑戦 – 物流地獄を品質で突破

港まで2週間・輸送費10%の現実

ブルンジが直面する最大の課題の一つが、内陸国であることによる物流の困難さです。
最寄りの港であるタンザニアのダルエスサラームまでの陸送には約2週間を要し、輸送費は商品価格の7~10%に達します。
さらに港に到着するまでの陸送費が、その後の海上輸送費を上回ることもあるという、驚くべき現実があります。

2021年には、この物流の脆弱性が露呈しました。
コーヒーがダルエスサラームの保税倉庫で3ヶ月以上滞留し、利用可能なコンテナがなく、その後船も確保できないという事態に陥ったのです。
世界的なサプライチェーンの混乱が、内陸国の弱点を浮き彫りにしました。

ブルンジコーヒーが選んだ『量より質』戦略

物流コストが避けられない以上、ブルンジが取った戦略は明確でした。
『同じ輸送コストをかけるなら、最高品質のコーヒーを作る』という品質特化戦略です。

ブルンジコーヒー最高品質特化戦略|鹿児島コーヒー addCoffee

ケニアのモンバサ港とタンザニアのダルエスサラーム港を状況に応じて使い分ける2港戦略を採用。
さらにOsito Coffeeのような革新的な物流パートナーとの協力により、ヨーロッパ向けコンテナが12月末に到着するという、ブルンジ史上最速の輸送を実現しました。

『ブルンジのような生産量では、ブラジルやベトナムのような量重視の国と競争することはできない。だからこそ、高品質なスペシャルティコーヒー生産に向かうことが、ブルンジコーヒーにとって正しい道筋だ』という業界関係者の言葉が、この戦略の本質を表しています。

セミウォッシュド – ブルンジコーヒーの影の経済

マットレスの下の現金システム

ブルンジには、他のコーヒー生産国では見られない独特のシステムがあります。
それが『マットレスの下の現金』と呼ばれるセミウォッシュドコーヒーの役割です。

農家は収穫後、セミウォッシュドコーヒーを月々の生活費として使用します。
チェリーを販売すると、その日の収穫分すべての収入を一度に受け取ることになりますが、セミウォッシュドは必要に応じて少しずつ現金化できるのです。
まさに、コーヒーが『貯金』の役割を果たしているのです。

歴史的にはブルンジは70%をセミウォッシュド、30%をフルウォッシュドとして生産していましたが、2018年には逆転し、現在は25%以下がセミウォッシュドとなっています。
これは品質向上への意識の高まりと、国際市場でのフルウォッシュドコーヒーへの需要増加を反映しています。

ブルンジコーヒーセミウォッシュド貯蓄システム|鹿児島コーヒー addCoffee

密輸と国内流通の二重構造

セミウォッシュドには表に出ない側面もあります。
品質が劣るセミウォッシュドの一部は、正規の輸出ルートを通らず、隣国への密輸ルートに流れているとされます。
また、国内消費向けと輸出向けで価格差が大きく、二重価格構造が形成されています。

興味深いのは、フルウォッシュドコーヒーの方がセミウォッシュドより早く出荷されることです。
高品質なフルウォッシュドは国際市場向けに迅速に処理・輸出され、セミウォッシュドは国内流通や農家の手元に残る。

この二本立て戦略により、農家は国際市場向けの高品質コーヒー生産に専念しながら、同時に生活の安定も確保できるのです。
ブルンジの小規模農家が編み出した、生存のための知恵と言えるでしょう。

次世代への挑戦 – ブルンジコーヒーの課題と希望

年間3,800万トンの土壌流失という時限爆弾

ブルンジコーヒー産業が直面する最も深刻な問題は土壌流失です。
世界銀行の報告によると、ブルンジは年間3,800万トンの土壌を失い、GDPの4%を土地劣化で損失しています。
過去40年間の深刻な土壌浸食により、コーヒー生産は3分の2に減少し、何百万人もの人々が貧困に押し戻されました。

ブルンジコーヒー農園の土壌流失|鹿児島コーヒー addCoffee

さらに深刻なのは、コーヒーの木の老齢化問題です。
2024年の報告によると、ブルンジのコーヒーの木の80%以上が樹齢30年を超えており、最も古い木は1930年代から1960年代に植えられた90年物。
一般的にコーヒーの木は15~20年で更新すべきですが、農家は平均250本という小規模経営のため、3年間収入が途絶える新植を恐れて更新に消極的です。

肥料問題も深刻で、国内では購入できず、ODECA経由でも配送が遅れ、必要な量を確保できない状況が続いています。

これらの課題に対し、国際機関や民間企業による支援が始まっています。
スイス開発協力庁(SDC)とSucafinaは4,000農家の155,000本の更新を支援し、更新期間中の収入補填も実施。
Long Miles Coffee Projectも2018年から322,000本の植林活動を展開し、2,700農家を支援しています。
しかし、60万世帯という農家全体から見れば、まだ一部に過ぎません。

動き始めたブルンジコーヒー変革へ

こうした深刻な課題に対し、ついに大規模な支援が動き始めました。

米国農務省(USDA)が1,670万ドルを投じた『ブルンジ・ベター・コーヒー・イニシアチブ(Burundi Better Coffee Initiative)』が2022年に始動。
国際開発NPOのテクノサーブ(TechnoServe)が実施するこの5年計画は、60,000のコーヒー農家世帯を支援し、農家収入を40%以上増加させることを目標としています。
農業技術研修、土壌改良資材の提供、金融アクセスの改善などを通じて、生産量20%増、品質向上を目指します。

ブルンジコーヒー改善イニシアチブ始動|鹿児島コーヒー addCoffee

もう一つの希望は、
アメリカ人夫妻が2011年に立ち上げた、ロングマイルズ・コーヒー・プロジェクト(Long Miles Coffee Project)です。
ブケイエ(Bukeye)、ヘザ(Heza)、ニンガ(Ninga)の3つの洗浄ステーションを運営し、5,500農家と協力。
独自のスカウト・プログラム(Scout Program)で若者が害虫駆除に従事し、山羊プロジェクトでは品質プレミアムを現金ではなく山羊として農家に提供、収入の多様化を実現しています。

2024/2025年シーズンは品質と量の両面で前向きな変化が見られており、特にトップロットは主にブルボン品種で優れた結果を出しています。
次世代の農家たちは、伝統的な二重発酵技術を受け継ぎながら、革新的な処理法にも挑戦しています。

ブルンジコーヒーが示す、アフリカの新たな可能性

内陸国の宿命を、二重発酵という伝統技術で克服したブルンジ。
レモン果汁添加のような実験的試みは、伝統と革新の融合を示しています。

2020年の再国有化は、一見すると時代に逆行するようですが、実は農家の生活安定と品質向上を両立させる新たな挑戦でした。
日本のコメ問題も見習うべきです。
困難を極める物流、40年以上経過した老朽化農園、年間3,800万トンもの土壌流失。
それでも前を向く生産者たちの姿勢は、私たちに勇気を与えてくれます。

一杯のブルンジコーヒーには、アフリカの心臓部から届く熱いメッセージが込められています。
それは、どんな困難も品質への情熱で乗り越えられるという、希望のメッセージなのです。

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