『コーヒー豆って、豆じゃないの?』
実は、私たちが『コーヒー豆』と呼んでいるものは、豆ではなく『果物の種』なのです。
その果物は『コーヒーチェリー』と呼ばれ、まさにさくらんぼのような見た目をしています。
一体どんな構造で、どんな味がするのでしょうか?今回は、コーヒーの木が実らせる『赤い宝石』の正体に迫ります。
知れば知るほど奥深い、コーヒーチェリーの秘密です。
コーヒー豆は『豆』じゃない!?
私たちが毎日飲んでいるコーヒー。
その原料である『コーヒー豆』は、実は『豆』ではありません。
そもそも、正確に『豆』とは大豆や小豆など『マメ科』の植物を示します。
コーヒーは、コーヒーの木(学名:Coffea)という『アカネ科』の植物で、植物学上まったく違う直物です。
この種子は、赤くて丸い果物の中に包まれています。
その果物が『コーヒーチェリー』と呼ばれる理由は、見た目がまさにさくらんぼ(チェリー)そっくりだから。
つまり、コーヒーは果物の種だったのです。
なぜ、豆になったのか?
英語でも『Coffee Bean』と呼ばれており、世界共通で『豆』として認識されています。
では少し、真面目に追っかけてみましょう。
第1段階:アラビア世界での正確な認識
アラビア語『bunn(بُن)』はコーヒーの種子を正確に表す用語として使われていました。
この時点では植物学的に正しい理解がされていました。
1601年 | イギリス人旅行者は『マスタードの種子によく似た種子から作られる液体』と記述 |
1624年 | フランシス・ベーコンは、コーヒーの原料を果実と正しく記述 |
江戸時代の日本 | 『阿蘭阿弥陀の常に服するコッヒイというものは、形豆の如くなれども、実は木の実なり』 と、豆ではなく木の実であると正確に述べています。 |
第2段階:ヨーロッパへの伝来と誤解の始まり
ヨーロッパの商人や著作家がコーヒーの種子を初めて見た際、その外観(茶色で楕円形、中央に割れ目)がマメ科植物の豆に似ていることから、既知の『bean(豆)』という単語で呼び始めました。
これは視覚的類似性による類推であり、植物学的な正確性ではなく見た目重視の命名でした。
第3段階:商業的な定着
貿易において、馴染みのある『bean』という方が取引しやすく、『coffee bean(コーヒー豆)』という呼び方が商業的に広まりました。
1688年頃には英語で『coffee bean』という表現が確立されました。
本来は種子(seed)であるものが、見た目の類似性と商業的便宜により『豆(bean)』と呼ばれるようになり、現在まで続いています。
bunn(بُن)とは
beanと似ていますが、アラビア語でコーヒーの植物とその種子を指す言葉です。
この言葉は恐らくエチオピアの『bunna』から来ており、エチオピアでは今でもコーヒーとその飲み物の両方に使われています。
コーヒーチェリーの構造と仕組み
通常は2つの種子が入っている
1つのコーヒーチェリーには、通常2つの種子が向かい合って入っています。
それぞれの種子の片側は平らになっており、これが焙煎後のコーヒー豆の特徴的な形を作っています。
まれに1つの種子しか入っていない場合があり、これは『ピーベリー』と呼ばれます。
ピーベリーは丸い形をしており、通常より濃厚な味わいを持つとされ、高値で取引されることもあります。
熟度による色の変化
コーヒーチェリーは成熟過程で色が変化します。
最高品質のコーヒーを得るためには、真っ赤に熟したコーヒーチェリーだけを選んで収穫することが重要です。
緑色 | 未熟な状態 |
黄色 | 成熟途中 |
赤色 | 完熟状態(収穫の適期) |
深い赤~紫 | 過熟状態 |
コーヒーチェリーの味と香り
果肉は甘くて美味しい
コーヒーチェリーの果肉は、実際に食べることができます。
味は甘く、ハチミツのような風味に加えて、軽い酸味も感じられます。
食感はぶどうのような感じで、中には粘り気のある果肉が詰まっています。
コーヒー産地では、農園で働く人々が作業中にコーヒーチェリーをおやつ代わりに食べることもあります。
自然な甘さで疲労回復にも効果的です。
果肉が持つ独特の香り
コーヒーチェリーの果肉は、フルーティーで花のような香りを持っています。
この香りは、コーヒー豆の最終的な風味にも影響を与えます。
特に『ナチュラル精製』と呼ばれる方法では、果肉を付けたまま乾燥させるため、果肉の甘い香りが豆に移り、フルーティーな風味のコーヒーが生まれます。
コーヒーチェリーから豆になるまでの工程
収穫:手摘みと機械摘み
コーヒーチェリーの収穫には2つの方法があります:
【手摘み(ピッキング)】
完熟したコーヒーチェリーだけを選んで一粒ずつ手で摘む方法。
高品質なコーヒーには欠かせない手法ですが、時間と労力がかかります。
【機械摘み(ストリッピング)】
枝についているコーヒーチェリーをすべて一度に収穫する方法。
効率的ですが、未熟や過熟の実も混じってしまいます。
精製:果肉を取り除く工程
収穫後、種子を取り出すための精製工程が行われます:
【ウォッシュド精製(水洗式)】
1. 果肉を機械で除去
2. 発酵槽で粘液質を分解
3. 水で洗浄
4. 乾燥
【ナチュラル精製(自然乾燥式)】
1. コーヒーチェリーをそのまま天日乾燥
2. 乾燥後に果肉と殻を除去
【ハニー精製(半水洗式)】
1. 果肉のみ除去、粘液質は残す
2. 粘液質付きのまま乾燥
3. 乾燥後に残りを除去
乾燥と脱穀
精製方法に関わらず、最終的には種子を十分に乾燥させます。
水分含有量を10-12%まで下げることで、保存性を高めます。
乾燥後、パーチメント(内果皮)を除去する脱穀工程を経て、ようやく私たちが知る『生豆』の状態になります。
コーヒーチェリーの活用と副産物
カスカラ
果肉を活用した飲み物
近年注目されているのが『カスカラ』という飲み物です。
これは、精製工程で取り除かれたコーヒーチェリーの果肉を乾燥させて作ったお茶のようなもの。
カスカラの味わいは、ハチミツのような甘さとフルーティーな酸味が特徴。
カフェインも含まれていますが、コーヒーより少なめです。
持続可能性の観点からも注目されている新しい飲み物です。
環境に優しい循環利用
従来、コーヒー精製で出る果肉は廃棄物として処理されていました。
しかし最近では:
– 堆肥として土壌改良に使用
– カスカラとして飲料に加工
– 化粧品の原料として活用
– バイオエネルギーの燃料として利用
これらの取り組みにより、コーヒー生産がより環境に優しい産業になっています。
栄養価の高い副産物
コーヒーチェリーの果肉には、抗酸化物質やポリフェノールが豊富に含まれています。
これらの成分は健康効果が期待されており、サプリメントの原料としても研究が進んでいます。
世界各地のコーヒーチェリー文化
産地での伝統的な食べ方
【エチオピア】では、コーヒーの発祥地として古くからコーヒーチェリーが食されてきました。
現地では子どもたちがおやつとして食べるほか、発酵させたコーヒーチェリーから作る伝統的なアルコール飲料もあります。
【イエメン】では、コーヒーチェリーを乾燥させて『キシル』という飲み物を作ります。
これは中東地域で古くから親しまれている伝統的な飲み物です。
現代的なコーヒーチェリー活用
最近では、コーヒーショップでもカスカラを使ったドリンクが登場しています。
フルーティーで軽やかな味わいは、コーヒーとは全く違った楽しみ方を提供してくれます。
また、高級レストランではコーヒーチェリーの果肉を使ったデザートやカクテルも開発されており、コーヒーの新しい可能性を広げています。
コーヒーチェリーが教えてくれること
植物としてのコーヒーの理解
コーヒーチェリーの存在を知ることで、コーヒーが工業製品ではなく、農作物であることを実感できます。
一粒のコーヒー豆の背景には、太陽の光、雨、土壌、そして農園で働く人々の手間暇があることを忘れてはいけません。
サステナブルなコーヒー産業への理解
コーヒーチェリー全体を活用する取り組みは、持続可能なコーヒー産業の象徴でもあります。
廃棄物を減らし、農家の収入源を増やし、環境負荷を軽減する。
まさに一石三鳥の効果があります。
Coffee Navi さくらんぼが繋ぐコーヒーの物語
コーヒーの木が実らせる赤い『コーヒーチェリー』の正体、いかがでしたでしょうか。
私たちが何気なく『コーヒー豆』と呼んでいるものが、実は、甘いチェリーという果物の中に隠された種子だったという事実。
この小さな発見が、コーヒーに対する理解を大きく変えてくれたのではないでしょうか。
今度コーヒーを飲むときは、ぜひこの『赤い宝石』の物語を思い出してみてください。
カップの中の一滴一滴に、遠い産地の青空と、さくらんぼのような可愛らしいフルーツの記憶が宿っているのです。
コーヒーチェリーが教えてくれるのは、私たちの日常にある小さな奇跡。
そして、その奇跡を大切にする心なのかもしれません。