スペシャルコーヒーとは?
1982年にアメリカで生まれたこの概念は、コーヒーの品質を数値化し、農家の努力を正当に評価する革命的な仕組みです。
世界中で生産されるコーヒーのうち、この基準を満たすのはたった5%。
コーヒー市場の台風の目『スペシャルティコーヒー』へご案内。
スペシャルティコーヒーとは?誕生背景
1982年アメリカで生まれた新しい概念
スペシャルティコーヒーという言葉が初めて使われたのは、1974年のこと。
アメリカの『ティ&コーヒー・トレード・ジャーナル(Tea & Coffee Trade Journal)』誌において、エルナ・クヌッセン(Erna Knutsen)氏が『特別な微気候で生産される、最高の風味を持つコーヒー豆』を表現するために使用しました。
しかし、現在の評価システムが確立されたのは1982年。
アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCA)が設立され、コーヒーの品質を客観的に評価する仕組みが生まれました。
これは、それまで曖昧だった『良いコーヒー』の基準を明確にし、生産者から消費者まで、すべての人が共通の言語で品質を語れるようにした画期的な出来事でした。
2020年代に入り、SCAは従来のカッピングシステムをさらに進化させ、コーヒー・バリュー・アセスメント(Coffee Value Assessment / CVA)という新しい評価フレームワークを導入。
これは単純な点数評価を超えて、持続可能性や生産者への影響まで含めた、より包括的な価値評価を目指しています。
🌿 微気候とは
マイクロクライメット(microclimate)といわれ、地表から数メートル〜100メートル程度の狭い範囲に限定された気候現象を指します。
一般的な気候や天気とは異なり、極めて局所的な環境条件に左右されるのが特徴です。
具体例:水田(地表面の水が気温を安定させる)、森林の縁(日射や風の影響で温度差が生じる)、都市の路地裏(建物の配置で風通しや日射が変化)
従来のコーヒーとの決定的な違い
スペシャルティコーヒーと一般的なコーヒー(コモディティコーヒーとか、コーマーシャルコーヒーとか言います)の違いは、単に味だけではありません。
最も重要な違いは『トレーサビリティ』、つまり生産履歴の透明性です。
コモディティコーヒーは、複数の農園から集められた豆を大量にブレンドし、均一な味を作り出します。
一方、スペシャルティコーヒーは、どの国のどの地域、どの農園で、いつ収穫され、どのような方法で精製されたかまで、すべての情報が明確に記載されています。
また、欠点豆の基準も大きく異なります。
スペシャルティグレードを獲得するには、350グラムのサンプルに一次欠点(カテゴリー1)がゼロ、二次欠点(カテゴリー2)が5個以下でなければなりません。
これは、虫食い豆や発酵豆、カビ豆などがほぼ完全に除去されていることを意味します。
参考:Specialty Coffee Association
スペシャルティコーヒーは80点以上
カッピングスコアの仕組み
スペシャルティコーヒーの認定には、SCA認定のQグレーダーと呼ばれる専門家による『カッピング』という評価プロセスが欠かせません。
これは、コーヒーを科学的かつ体系的に評価する方法です。
評価は100点満点で行われ、以下の10項目がそれぞれ採点されます。
● フレグランス/アロマ(乾燥時と湿潤時の香り)
● フレーバー(味わい)
● アフターテイスト(後味)
● アシディティ(酸味の質)
● ボディ(口当たり)
● バランス(全体の調和)
● ユニフォーミティ(均一性)
● クリーンカップ(透明感)
● スウィートネス(甘み)
● オーバーオール(総合評価)
各項目は6~10点で評価され、0.25点刻みで採点されます。
最終的に80点以上を獲得したコーヒーだけが『スペシャルティグレード』と認定されます。
85~89.99点は『エクセレント』、90~100点は『アウトスタンディング』と分類され、90点以上のコーヒーは全体のわずか1%しか存在しません。
世界共通の評価プロセス
カッピングの評価プロセスは、世界中どこでも同じ手順で行われます。
まず、焙煎後24時間以内、8時間以上経過した豆を使用。
挽き目は通常のドリップコーヒーよりやや粗めに設定し、コーヒー7グラムに対して125グラムの93℃のお湯を注ぎます。
4分間抽出した後、表面の『クラスト』と呼ばれる層を壊し、香りを評価。
その後、スプーンですすりながら味わいを確認します。
重要なのは、6カップ同じコーヒーを並べて評価し、一貫性を確認すること。
これにより、偶然の要素を排除し、客観的な評価を可能にしています。
2024年からは、より詳細な記述的評価も重視されるようになりました。
単に点数をつけるだけでなく、『シトラスのような酸味』『チョコレートのような甘み』といった具体的なフレーバーノートを記録することで、消費者により分かりやすい情報を提供できるようになっています。
生産量わずか5%のスペシャルティコーヒー
なぜ5%しか作れないのか
世界のコーヒー生産量は年間約1億7,800万袋(60kg袋)に達しますが、スペシャルティグレードの基準を満たすのは、その中のわずか5%程度。
この希少性には明確な理由があります。
まず、栽培条件の厳しさ。
スペシャルティコーヒーの多くは、標高1,500メートル以上の高地で栽培されます。
高地では昼夜の寒暖差が大きく、コーヒーチェリーがゆっくりと成熟するため、糖度が高く複雑な風味が生まれます。
しかし、このような条件を満たす土地は限られており、アクセスも困難なため、機械化が進まず手作業に頼らざるを得ません。
収穫方法も大きな要因です。
スペシャルティコーヒーは完熟したチェリーだけを選んで手摘みする必要があります。
一本の木でも成熟度にばらつきがあるため、収穫期間中に何度も同じ木を訪れて、赤く熟したチェリーだけを摘み取ります。
これは機械収穫では不可能な作業です。
栽培に必要な3つの条件
1. 適切な気候と土壌
年間降水量1,200~2,000mm、平均気温18~22℃、火山性土壌などのミネラル豊富な土地。
これらの条件が揃う地域は『コーヒーベルト』と呼ばれる赤道付近の限られた地域のみです。
2. 品種の選定と管理
スペシャルティグレードを目指す場合、伝統品種のブルボンやティピカ、希少品種のゲイシャやパカマラなど、栽培は困難でも風味に優れた品種が選ばれます。
これらの品種は、一般的な品種と比べて、病害虫に弱いなど栽培に2~3倍の手間がかかります。
3. 精製処理の技術
収穫後の処理も品質を左右します。
ウォッシュド、ナチュラル、ハニープロセスなど、それぞれの精製方法に適した設備と技術が必要。
特に近年注目される嫌気性発酵(アナエロビック)や炭酸ガス浸漬法(カーボニックマセレーション)などの新しい精製手法は、発酵時間と温度の厳密な管理が求められ、高度な設備では pH モニタリングも行われます。
価格が3倍のスペシャルティコーヒー
品質管理にかかるコスト
スペシャルティコーヒーが一般的なコーヒーの3倍以上の価格になる理由は、生産から流通まですべての段階でかかる追加コストにあります。
農園レベルでは、手摘み収穫により労働コストが機械収穫の5~10倍に。
さらに、選別作業では欠点豆を手作業で取り除く必要があり、これだけで生豆1kgあたり2~3ドルのコストが追加されます。
また、品質を維持するための設備投資も必要です。
精製施設の建設には数十万ドル、カッピングラボの設置には最低でも5万ドルの初期投資が必要となります。
流通段階でも、少量ロットの個別管理が必要なため、輸送・保管コストが増大します。
100袋単位で扱うコモディティコーヒーに対し、スペシャルティコーヒーは10袋、時には1袋単位での管理が求められます。
マイクロロットと呼ばれる希少な豆は、専用のコンテナで輸送されることもあり、輸送コストだけで通常の3~5倍になることも珍しくありません。
農家の適正な利益確保
最も重要なのは、生産者が持続可能な農業を続けられる適正価格の保証です。
コモディティコーヒーの国際相場が1ポンドあたり1~2ドルで推移する中、スペシャルティコーヒーは3~10ドル、COE(カップ・オブ・エクセレンス)入賞豆になると100ドルを超えることもあります。
この価格差は単なるプレミアムではなく、品質向上への投資を可能にします。
多くのスペシャルティコーヒーロースターは、農家と直接取引(ダイレクトトレード)を行い、市場価格の30~150%増しで買い付けることで、農家の生活水準向上と品質改善の好循環を生み出しています。
例えば、パナマのエスメラルダ農園のゲイシャ種は、2017年のオークションで1ポンドあたり601ドル(約6万6千円/kg)という記録的な価格で落札されました。
この収益により、農園は新しい精製設備を導入し、さらなる品質向上を実現しています。
日本でスペシャルティコーヒーを飲むには
日本のスペシャルティコーヒー市場は、アメリカに次いで世界第2位の規模を誇ります。
2024年の調査では、日本国内に約3,000軒のスペシャルティコーヒー専門店があり、年々増加傾向にあります。
本物のスペシャルティコーヒーショップを見分けるポイントは3つ。
● 豆の情報(産地、農園、標高、精製方法、焙煎日)が明確に表示されていること。
● 注文を受けてから豆を挽き、1杯ずつ丁寧に抽出していること。
● スタッフがコーヒーの特徴を説明できることです。
価格帯は、店舗では1杯500~1,500円、豆の販売では100gあたり800~3,000円が一般的です。
初めての方には、まずエチオピアのイルガチェフェ(フローラルで紅茶のような風味)、コスタリカのタラス(バランスの良い酸味と甘み)、コロンビアのウィラ(チョコレートのような濃厚さ)の3つをお試しいただくことをおすすめします。
自宅で楽しむ場合は、焙煎日から2週間以内の豆を選び、飲む直前に挽くことが重要です。
お湯の温度は90~93℃、抽出時間は2分30秒を目安に。
まずは豆本来の味を知るため、ブラックで飲んでみてください。
フルーティーな酸味、花のような香り、はちみつのような甘み ―― スペシャルティコーヒーの世界は、あなたのコーヒー観を確実に変えることでしょう。