韓国の若者で爆発的に人気の『アメリカーノ』。
このアメリカーノは第二次世界大戦中イタリアで生まれました。
イタリアに駐留したアメリカ兵の郷愁が生み出したこの飲み物は、今や世界中で愛され、特に韓国では『凍え死んでもアイスアメリカーノ』という新しい文化現象まで生み出しています。
アメリカーノ誕生|1943年イタリア戦線
第二次世界大戦中、イタリアに駐留していたアメリカ兵たちは、現地のエスプレッソの強烈な味に困惑していました。
当時のアメリカではドリップコーヒーが主流で、薄くてマイルドな味わいに慣れていた兵士たちにとって、イタリアのエスプレッソは『あまりにも苦く、あまりにも濃く、あまりにも少ない』ものでした。
ある日、機転の利いたイタリアのバリスタが、エスプレッソにお湯を加えることを提案。
これが故郷のコーヒーに近い味わいになることを発見した兵士たちは大喜びでした。
イタリア人たちは、この『アメリカ人向けコーヒー』を皮肉を込めて『Caffè Americano(カフェ・アメリカーノ)』と呼ぶようになりました。
戦時中のアメリカ軍は、兵士一人あたり年間32.5ポンド(約14.7kg、約1000杯)ものコーヒー豆を消費していました。
陸軍需品部隊は、海外の兵士たちのために豆を焙煎し、挽いて、梱包して輸送するという大規模なオペレーションを展開していたのです。
戦争が終わり、帰国した兵士たちによってアメリカーノはアメリカにも広まりました。
1970年代にエスプレッソマシンが普及し始め、1990年代のスターバックスの台頭とともに、アメリカーノは真にアメリカのコーヒー文化に定着したのです。
世界のアメリカーノ・バリエーション
アメリカーノは世界中に広がる中で、各地で独自の進化を遂げました。
ロングブラック(Long Black)
オーストラリア/ニュージーランド
お湯を先に入れてからエスプレッソを注ぐ、アメリカーノの『逆バージョン』。
クレマが美しく保たれ、より豊かな香りが楽しめます。
使用するお湯の量も少なめで、より濃厚な味わいが特徴です。
レッドアイ(Red Eye)
アメリカ
ドリップコーヒーにエスプレッソショットを追加した『カフェイン爆弾』。
名前の由来は、西海岸からニューヨークへの深夜便『レッドアイフライト』から。
徹夜で働く必要がある人々に愛される、究極の覚醒ドリンクです。
☕さらに強力なバリエーション
● ブラックアイ(Black Eye):エエスプレッソ2ショット使用
● デッドアイ(Dead Eye):エスプレッソ3ショット使用(死者も目覚める強さ!)
イタリアーノ(Italiano)
アメリカ西海岸
エスプレッソとお湯を1:1の同量で混ぜた、より濃厚なアメリカーノ。
『リトルバディ』『ダニー・デヴィート』という愛称でも親しまれています。
韓国のアイスアメリカーノ狂想曲
韓国では、アイスアメリカーノが特別な地位を獲得し、『エオルジュカ』という新しい文化現象まで生み出しています
『エオルジュカ(얼죽아)』という言葉をご存知ですか?
これは『얼어 죽어도 아이스 아메리카노(凍え死んでもアイスアメリカーノ)』の略語で、真冬でもアイスアメリカーノを飲む韓国人の情熱を表現した新語です。
● 韓国人は年間平均353杯のコーヒーを消費(世界平均の2倍以上)
● スターバックス韓国の売上の77%がアイスドリンク(2023年)
● 真冬の1月でも、アイスドリンクの売上が57%を占める
● アイスアメリカーノの愛称は『アア(아아)』
なぜ韓国人はアイスアメリカーノに夢中?
😂 パリパリ(빨리빨리)文化
韓国の『早く早く』文化では、熱いコーヒーが冷めるのを待つ時間さえもったいない。
アイスアメリカーノなら、すぐに飲めて効率的です。
🏢 オフィス環境
韓国のオフィスは暖房が効きすぎていることが多く、冷たい飲み物が好まれます。
🍱 食文化との関連
冷麺(ネンミョン)など、氷を入れて食べる料理が伝統的に存在する韓国。
冷たい食べ物・飲み物への抵抗感が少ないのです。
🌟 K-POPスターの影響
BTSのSUGA、NCT DreamのJaeminなど、多くのK-POPアイドルがアイスアメリカーノ愛好家として知られています。
『ジェミン(Jaemin)は8ショットのエスプレッソを氷に注いで飲む』という強烈なエピソードが知られています。
アメリカーノ vs. アメリカン
日本では『アメリカン』という独自のコーヒーが存在します。
『アメリカーノ vs. アメリカン』、呼び名は似ていますがアメリカーノとは全く別物です。
犬と猫くらい違います。
比較項目 | アメリカーノ(世界標準) | アメリカン(日本独自) |
発祥 | イタリア(WWII時代) | 日本(戦後) |
ベース | エスプレッソ | ドリップコーヒー |
作り方 | エスプレッソ+お湯 | 浅煎り豆でドリップ or お湯で薄める |
味の特徴 | なめらかでコクあり | あっさり、軽め、薄い |
クレマ | あり | なし |
世界での認知 | 世界中で通用 | 日本のみ(和製英語) |
皮肉なことに、『アメリカン』はアメリカでは通用しない和製英語で、本当にアメリカで飲まれているのはアメリカーノなのです。
サードウェーブが変えたアメリカーノ
コーヒーの第三の波とアメリカーノ
伝統的にアメリカーノは深煎りのエスプレッソで作られてきましたが、2000年代初頭から始まった『サードウェーブコーヒー』の波は、アメリカーノの世界も大きく変えました。
サードウェーブとは、コーヒーをワインのように、産地や品種、精製方法にこだわり、豆本来の個性を楽しむムーブメントです。
シカゴのIntelligentsia、ポートランドのStumptown、ノースカロライナのCounter Cultureなどが牽引したこの動きは、今や世界中に広がっています。
スペシャルティコーヒーで作るアメリカーノ
現代のカフェでは、浅煎りから中煎りのシングルオリジン(単一産地)豆を使用したアメリカーノが主流になりつつあります。
☕ 真価は浅煎りアメリカーノ
● フルーティーで華やかな香り
● 明るい酸味と甘み
● 産地の個性(テロワール)が際立つ
● エチオピアのフローラル、コロンビアのチョコレート、ケニアのブラックカラントなど
第二次世界大戦時代の『苦いエスプレッソを薄める』という発想から、『豆の個性を最大限に引き出す』という哲学への大きな転換です。
完璧なアメリカーノの作り方:黄金比の科学
アメリカーノは単純にエスプレッソを薄めただけの飲み物ではありません。
その作り方には、味わいを最大限に引き出すための『科学』があります。
自宅で作る本格アメリカーノ
必要な道具
エスプレッソマシーンとグラインダーが相当ハードルが高いですが、
● エスプレッソマシン(またはモカポット、エアロプレス)
● コーヒー豆(お好みに応じて選択)
● グラインダー
● 温度計
● カップ(200-250ml)
基本レシピ
● エスプレッソ:シングルショット、またはダブルショット(約30~60ml)
● お湯:120-180ml(温度70-80℃が理想)
● 比率:エスプレッソ1に対してお湯2-3
豆の選び方:2つのアプローチ
☕ 伝統的スタイル
● 深煎り豆(イタリアンローストやフレンチロースト)
● ナッツやチョコレートの風味、しっかりとしたボディ
● クラシックな喫茶店の味わい
● 豆は昔ながらの純喫茶や大手コーヒーチェーン店で入手可
☕ モダンスタイル(スペシャルティコーヒー)
● 浅煎り~中煎りのシングルオリジン
● エチオピア、ケニア、コロンビアなどの高品質コーヒー豆
● フルーティー、フローラル
● 豆はサードウェーブ系のコーヒーショップで入手(鹿児島は限られる)
作り方のコツ
1. 挽き具合:エスプレッソ用の極細挽き
2. 抽出:浅煎りは20-25秒、深煎りは25-30秒でダブルショット(約60ml)を抽出
3. お湯の温度:80-90℃(沸騰したお湯は避ける)
4. 注ぐ順序:基本手順はエスプレッソにお湯を注ぐ(クレマ攪拌)
5. 比率:お好みで調整(濃い目1:2~3、標準1:3~4)
プロのテクニック:クレマを保つ
多くのバリスタは『お湯を先に入れてからエスプレッソを注ぐ』方法を推奨します。
これにより、エスプレッソの表面に浮かぶクレマ(黄金色の泡)が保たれ、香りと風味が逃げません。
この順序で作ることで、より豊かな味わいが楽しめるのです。
戦争が生んだ平和の飲み物
第二次世界大戦の戦場で生まれたアメリカーノは、今や世界中で愛される定番コーヒーとなりました。
イタリア人の皮肉から始まったこの飲み物が、韓国では新しい文化現象を生み出し、オーストラリアではロングブラックへと進化し、アメリカではレッドアイという強力なバリエーションを生み出しています。
アメリカーノは単なるコーヒーではありません。
それは文化の架け橋で、そして何より、私たちの日常に寄り添う大切な一杯なのです。
次にカフェでアメリカーノを注文するとき、その一杯に込められた歴史と文化を思い出してみてください。
そして、ホットにするか、それとも韓国スタイルでアイスにするか…その選択もまた、あなただけのコーヒーストーリーの一部となるでしょう。